好きなものを好きな分だけ

『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』様に参加。
お題「年越しそば」（第65回　2023年12月30日出題）
DD萩松、ハピエン。

　痛む腰にじっとり脂汗が浮く。ぐぬぬと苦労して寝返りを打ったタイミングでピキッと鋭い痛みが走った。初日よりマシだがまだまだ油断はできない。ヒイハアと布団から這い出ると、深い器を持った萩が台所から姿を見せた。
「陣平ちゃん、蕎麦できたよ。って、あー！　ひとりで起き上がれる、大丈夫？」
「騒ぐな、響く！　……大丈夫だ、自分のタイミングで起きるから」
「気をつけて。まったく、とんだ年末だなぁ、大掃除でぎっくり腰やっちまうなんて」
　心配半分、笑い半分。どちらかに傾くよりその方がありがたい。
　どっこらせと、座布団に腰を下ろす。痛む腰と相談しながら、楽な姿勢を探す。現段階では前傾に座る姿勢がマシのようだ。
「陣平ちゃんの好きな柚子も入れようと思ってたんだけど、あんまり刺激物摂らねぇほうがいいかと思って入れてねぇんだ。あとネギもやめといた。豚肉たっぷりの代わりに消化しやすいつみれにしてみた。あ、油揚げは入れてあるぜ！　卵も！」
「サンキュ……」
　自分の分の深い器……はなかったので持参したらしいどんぶりを持って萩が向かいに座る。そもそもうちにどんぶりはない、一人暮らしには深い器ひとつで十分だ。一緒に「いただきます」を唱えて、ちゅるちゅると年越し蕎麦を食べ始める。
　大学一年の年の暮れ、帰省前日、俺は人生初めてぎっくり腰になった。いわゆる『魔女の一撃』はなかった。何かをした覚えはなく、雑誌類を片付け、立ち上がったら痛くなっていた。疲労からくる腰痛のきついものかと思ったが、段々腰から尻、骨盤と痛みがひどくなり、立つのも歩くのもしんどくなった。内心焦りながらゆっくりベッドに寝転がって萩にメールすると、とんでもない速さで駆けつけてくれた。一日目は大量に湿布を貼り、とにかく氷枕や氷嚢でアイシングし、二日目も同じように湿布とアイシング、夜は慎重に入浴の手伝いもしてくれた。今日はぎっくり腰三日目となる。年末なので駆け込める病院もなく、家庭でなんとかするしかなかった。
「でもいいのかよ、萩。お前まで帰省見送っちまって」
　萩も俺も実家には帰省しないことは連絡済みだ。最初は渋られたが、ぎっくり腰になったことを伝えた途端、お袋に『あー……』と電話越しに深く同情された。なったことのある者は理解が早い。しかしそれに萩が付き合うのはちょっと話が違うと思う。
「べーつに、ご存知の通り新幹線の距離じゃねぇし、春休みにでも帰ればいいって。それよか陣平ちゃんの腰のほうが大事。むしろ今帰ったら『陣平君置いてきたの！』って親にどやされるわ。明日どうする？　動けるようになってきたんなら少しずつ動いたほうが治りは早いっていうぜ、初詣行く？」
「鬼か！」
　歩くのさえおっかなびっくりで極力控えたいのに、人混みの多い初詣なんて以ての外だ。マジで命の危機を覚えて声を荒げれば「すんまそん」と謝られた。
「年明けて四日になったら近所の整形外科いって一応レントゲン撮ってもらって、問題なかったら散歩しような。治る気配なかったら接骨院いってみよう。整体、鍼灸院がいいならそっち行くけど。冬休み中に治るといいな」
　どこまでも俺のことを考えてくれる萩を改めて見つめる。シングルベッドにふたり突っ込まっては寝返りも打てず治るものも治らないと、なんとキャンプで使った寝袋を持参して、床で寝ているのだ。勝手知ったる俺の部屋だ、やりかけの大掃除をさくっと終えて、三食作って風呂入れて、暇を見つけて冬休みの課題をして。ああ課題か、俺も手をつけなければ。共通の授業の課題は萩が写させてくれると言っていたが、なんだかな。俺は萩に何か返せるだろうか。俺の部屋に泊まりにきたときのルーティンの共寝もできてないし。ままならない体と心のもやもやを萩にぶつけないよう、考えるのをやめた。こういうときは素直に感謝の気持ちを表すといいと萩から教わっている。
「……やる」
「食欲ない？」
「違う。……美味いからやる」
　二枚入っていた油揚げを一枚、萩のどんぶりに入れる。贖罪にしては軽すぎるし、そもそも俺の調理したものでもないのだが、萩は「ありがと」と食べてくれて、ほっとした。つみれを食べ、ちゅるりと蕎麦を啜る。
「今年も、」
「うん？」
「そばにいてくれて、ありがと」
「……うん！　来年もそばにいるからそのつもりで！」
　嬉しそうな萩の笑顔に、へにゃりと笑い返す。今日こそは一緒に寝てもらおう。実家を出て初めて一緒に布団で過ごせる年越しなのだ。朝起きて最初に見る顔は萩がいい。