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『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』よりお題のみお借りしました。出題ありがとうございます。
お題「トリックオアトリート」
(第57回 2023年10月28日出題)
DS萩松とモブたち、ハピエン。
ふたりともちいこいのと松田のメンタル上、恋愛未満です。
キラキラの反射板がつけられた黒い三角帽子を目深にかぶり、陣平は研二に手を握られて、皆に遅れないように最後尾を歩く。実際はカナダ人男性が六人のこどもの集団の後ろについていたので最後尾という表現は違うのだが、ともすればそのカナダ人まで前に回しそうになり、でも声をかけられるのはもっと嫌なので研二の手を頼りに必死に歩いていた。
「大丈夫、陣平ちゃん? やっぱりやめる? 俺んち二番目だからちょっと歩けばそこで休めるよ」
灰色の獣の耳ともこもこのマフラーをつけ、狼男に扮した研二が振り向いて尋ねる。その首には下げるタイプのライトが光り、下から顔が照らされていた。左手には自分と陣平の分のバスケットを持ち、右手には陣平のを手を握っている。
今夜は十月末の土曜日。町内のこども会のハロウィンイベントで、夕方四時から六時にかけて、主に個人の自営業の店を回ってお菓子をもらいに歩いている。公民館に集まって軽い仮装をして、五、六人の班に分かれて半径五百メートル程度の地区を決まったルートで練り歩く。研二と陣平のいる班は英語教室のカナダ人夫婦の三十代の夫が同伴していた。研二曰くこのカナダ人夫婦がハロウィンイベントの発起人で、英語教室に通っていた萩原姉弟と偶然にも同い年の夫婦の子の兄弟が姉弟を誘い、おもしろそうだと判断した周りへの影響力の強い姉弟がこどもネットワークで外堀を埋めていき、おとなたちが首を縦に振ったのが三年前なんだとか。
陣平にとって、父親の件で祖父母宅に預けられて初めてのハロウィンであり、初めて参加する引越し先のこども会の催し物である。初めての参加となる。人間不信で口数も減った中、心を開き始めた相手の研二から誘われて、恐る恐る参加を決めたものの、ずっと帽子を深くかぶって俯いたままだった。
「……おれのぶん、ない……」
「そんなことないよー! 陣平ちゃんはもうこども会のメンバーだよ!」
「……」
それもまた問題なのだ。自分を認識されているということは親が誰なのか、自分が転入前の学校で何をされてきたのか知っている人間がいるかもしれないということだ。いつ『人殺し』と言われるか、いつ暴力を振るわれるか、そしてこうやって手を繋いでくれている研二にも被害が及ぶのではないかと恐怖が勝り、怖気付いてしまっているのだ。
「大丈夫。やめたくなったら二回手引っ張って。ちょっとジャクソン先生に言って、抜けさせてもらうからね」
強く手を握った研二に、更に陣平は俯いてしまう。こんなに研二に迷惑をかけるのなら参加しなければよかった、というのが正直なところである。
「さあ着いたぞ! みんな、店の人が出てきたら『トリックオアトリート』って言うんだからな」
この班の最年長の六年生が若干緊張した面持ちで、ジャック・オ・ランタンの灯るケーキ屋の前でこどもたちに呼びかけた。まずは一軒目。心臓がバクバクいっている。「陣平ちゃん」と研二がずっと持ってくれていたバスケットを渡してくれた。このバスケットにお菓子が入ることはないかもしれない、と帽子の下でぼんやり思う。トリックオアトリート、いたずらかお菓子か。自分側が発する言葉に陣平は更に追い詰められる。『人殺し』と言われたらすぐに手を解いて走って帰らなくてはと繋がる手を意識する。間違っても暴力はダメだ。『やっぱり人殺しだね』と言われるし、何より暴力は痛い。逃げるしかない。
六年生がドアを開け、ちまちまとこどもたちが店に入る。引率のジャクソン先生が頷き、「こんばんはー!」と大声を出した。様子を見ていた店員がカウンターから奥へ呼びかけ、すぐに店主が大きめのバスケットを持ってやって来た。せーの、と六年生が小声で音頭を取った。
「トリックオアトリート!」
こどもたちが一斉にバスケットを掲げる。「ハッピーハロウィン! お菓子をどうぞ」と店主のおじさんがにこにこと駄菓子をバスケットに入れていった。この駄菓子は町内会の会費で予め用意したもので、どの班、どの子もほぼ同じお菓子を貰えることになっている。このケーキ屋は飴玉担当のようだ。きゃいきゃい高い声が狭い店内に響く。
「そこの魔法使いもおいで」
バスケットを掲げない子に気づき、店主が三角帽子の魔法使いに声をかける。ビクリとわかりやすく体を震わせた陣平は半歩、後ずさる。前にいたこどもたちが道を開け、研二が小声で「トリックオアトリート、って言うんだよ」と促した。
「初めましてかな。研二君の新しいお友達だね」
「松田陣平君っていうんだ、よろしくね」
「……」
「陣平ちゃん」
「……とりっくおあ、とりーと」
蚊の鳴くような声で告げ、目をつぶる。名前もバレてしまった。次にかかる言葉は『松田丈太郎の息子か?』だろうか、『人殺し』だろうか。引っ越してから棘のある言葉はかけられたことはないが、だからといってこれから言われない保証はないのだ。今すぐ走り出したいところを、右手が僅かな振動を捉えた。ほぼ持ち上がっていないバスケットに店主が飴玉を入れてくれたのだ。
「はいどうぞ。誕生日ケーキはぜひうちで! おうちの人によろしくね」
ぱちくり瞬きをする。「ありがとうございました」と全員でぺこりとお辞儀をしたので陣平も倣う。お辞儀の反動で帽子がズレて目が出たが、店主は優しい笑顔で陣平を見ていた。
「……」
「お世話になりました」
ジャクソン先生が最後にお礼を告げて店をあとにする。
飴玉の入ったバスケットを見る陣平を、研二がひょっこり覗き込む。
「お菓子もらえたね! よかったね! 貰ったお菓子はまだ食べないで、おうちの人に見せてから食べるのがルールなんだ。疲れたんなら次の俺んちで抜けてもいいよ」
研二の言葉にフルフルと陣平は首を振る。
「だい、じょうぶ」
「そっか! じゃあ一緒に行こう」
変わらず手を握ったままの研二の手を、今日初めて陣平は握り返した。それに気付いて研二は一層の笑顔となる。
研二と陣平、小学三年生のことであった。
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