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好きなものを好きな分だけ

成人済腐。萩松/降新・安コ。ハピエン大好きなメリバ脳。字をもそもそ書きます。140字に要約する能力と検索避け文字列がしんどいため長文用にブログ作りました(一括metaタグ入れてあります)

『カップのしっぽ』

『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』様に参加。
お題「マグカップ」
DD萩松、ハピエン。

 引越しに割れ物は向かない。食器は引越し先で買うように。お気に入りは実家に帰ってのんびり使え。マジで割れるぞ。新天地でお気に入りが壊れているのを見ると凹むからな。
 と姉ちゃんが言っていた。数年前、ガラスの破片と化したライブ会場限定販売の推しのコップの写メ付きで。なので俺の部屋には現在、紙皿と紙コップしかない。
 それを陣平ちゃんに『今日の飯』と写メ付きでメールで言うと『早く言えよ!』と即掛かってきた電話で怒られた。どうやら徒歩圏内の陣平ちゃんも新天地でお気に入りの食器とサヨナラしてしまったらしい。流れで一緒に食器を買いに繰り出すことになった。
 まだ肌寒い三月の終わり、俺たちは大学進学を機に実家を出て部屋を借り、偶然同日に引っ越した。
「やっほー陣平ちゃん、久しぶり」
「お前元気そうだな」
「だって陣平ちゃんとデートだもん」
 陣平ちゃんにマフラーを貸してあげながら答える。引越し作業のままやってきたらしいジャージ姿の陣平ちゃんは心だけではなく外観からも寒そうで、せめてもう一枚上着羽織れば違うのになぁと苦笑する。
「何割ったの?」
「カップ。ヒビ入ってた……試しに水入れてみたら滲んできて、もう使えねぇ」
 多分、ポケっとしているモンスター、ぴかちうの柄の入ったマグカップだろう。遊びに行くとおばちゃんが陣平ちゃん用にお茶を淹れていた。ぴかちうの黄色の塗装が薄らぼんやり消えていた、年季の入ったもの。乱雑に使ったためではなく、きっと毎日使っていたからだ。大事にしているという意識なく、日常的に愛着を持って使っているのが一目でわかったマグカップだ。引越し先にまで持ってきたのだ、ヒビが入ってしまったのなら、それはそれは悲しいことだろう。
「そっか。お気に入りだったんでしょ、ヒビなら接着剤使えば?」
「ダメだ。ヒビ入ってる瀬戸物は洗ってるときとか熱いもの入れたときに突然割れてマジで危ねぇんだって。勿体なくても怪我したら元も子もない、物がない時代じゃないんだから、金がなくても数百円ケチらず新しいの買えってばあちゃん言ってた」
「おお、リアルばあちゃんの知恵袋。じゃあペン立てにでもしたら?」
「ペン立てなぁ……」
 親父さんの事件で、一時期祖父母宅に預けられていた陣平ちゃんは時々こうやって先人の知恵をさずけてくれる。
 しょんぼりしている陣平ちゃんと予めチェックしておいたホームセンターに入店する。天井から釣り挙がっている看板を頼りに食器コーナーへ歩を進める。初めての店だから歩き方も気持ちぎこちない。人の動線に気をつけながら、品揃えを物色する。やはり店が変われば商品も変わってくる。関東圏に展開するうちの一店舗だが、チェーン店でもなぜか雰囲気が変わってくるものだ。
 陣平ちゃんの目がキラキラしてくるのがわかった。わくわくを抑えられない足取りで、ふらりと工具コーナーへ入っていく。
「見ろよ萩、このスパナ」
「マドラーにでもすんの?」
「……食器は逃げねぇだろ」
「多分スパナも逃げないよ」
 俺だって工具コーナーは惹かれるけど、お互い一人暮らしは初めてだし、潤沢な予算があるわけでもない。必要な物を買ってから、娯楽品を。それを言ったら「工具は娯楽か?」と真面目な顔をされてしまい、俺は答えに詰まって何も返さず工具コーナーから立ち去る。
 すぐに合流した陣平ちゃんとふたりで白を基調とした食器コーナーに辿り着くと、自然と自分好みの食器を探すため単独行動となる。きょろきょろ、汎用性の高い食器を見繕っていく。大小の丸皿、深めの皿、ガラスコップにマグカップを一個ずつ。コーヒーカップやティーカップを揃えるほど俺は飲み物に凝っていない。あと、実家の工場が潰れてから始めた自炊をこっちに来てもサボらない自戒を込めてご飯茶碗。箸やフォーク、お椀は実家から使っていないものを貰ってきたから、今回は買わない。
 粗方決まって陣平ちゃんの様子を見ると、ある一角で熟考していた。視線の先の棚を覗き込む。白地に黒猫が描かれ、しっぽが取っ手になっているマグカップが縦に一列、並んでいた。
「可愛いねぇ」
「かっ可愛くねぇし!」
 陣平ちゃんが声を張り上げる。可愛いものを可愛いと評価して何がいけないのか。素直じゃない陣平ちゃんは、可愛らしさを否定しつつも、ちらちら黒猫に視線を送っている。
「気になる?」
「……まあ、この取っ手持ちづらそうだなって意味では」
 ごにょごにょ口の中でぼやく通り、件の取っ手は不思議な格好をしていた。
 マグカップの下部から伸びる黒いしっぽは弧を描いて中部でカップにくっつき、そこから更にくるりと外に大きく丸まっている。横から見るとS字に見える形だ。確かに下に重心が置かれた取っ手だから、使い慣れるまで時間がかかり機能性は劣るかもしれないが……。
 これは黒猫が一列に並んでいるから、しっぽの真意がわかりづらくなっているのだ。
「買お?」
「ばっ! ……こんな可愛いもの男が買えるかよ!」
「レジ行くのイヤなら俺行ったげるけど」
「そうじゃなくて!」
 やっぱり可愛いと思ってたんだー、とからかいの言葉は心の中だけにして、マグカップを二個棚から取り、一個を陣平ちゃんに手渡す。
 しっぽではなくカップの胴体を持たせたのがミソ。俺も胴体を持ち、ちょんとしっぽを鏡のように合わせる。あ、と陣平ちゃんが呟き、ぽぽぽっと頬を赤らめた。
「ね?」
 二匹の黒猫が背を向ける形でカップを並べると、しっぽのS字と逆S字の上のカーブが合わさり、ハート型になるデザインとなっているのだ。オシャレな雑貨屋なら二列に並べて取っ手のハートを魅せていただろうが、ここはチェーン店のホームセンター。そこまで求めるのは酷というものだろう。むしろよくこんな可愛い品を入荷できたものだ。
「『男』がダメなら『恋人』は?」
「……こいびと……」
「そ。俺の恋人の陣平ちゃんならこういう可愛いの持ってても不思議じゃないでしょ」
 高校時代に付き合いだして早三年。新たに加わった属性への提案に陣平ちゃんはムムと考え込む。これを買った新生活のビジョンを想像しているのだろう。食器棚に黒猫のマグカップを保管し、お茶やコーヒーを注ぎ、テーブルに置く。そして特徴的なしっぽが……あ、ちょっと顔が曇った。おそらく自分用に買ったため、黒猫が一匹しかいなかったのだ。陣平ちゃんの思考がマイナスに振り切らないよう掬い上げる。
「俺も買うから陣平ちゃんの部屋に二個置いて?」
「へ?」
「大学生の一人暮らしに来客用カップなんて用意してないだろ? これ置いてくれれば俺マイボトル持参しなくていいし、いつでも黒猫はハート型作れるっしょ」
「来る気満々かよ」
「行かない選択肢があるとでも?」
「……いいぜ、飲みに来いよ」
 ニッと口の端を上げた陣平ちゃんは晴れやかだった。幼い頃から使っていたマグカップとの別れも、新しい恋人仕様の可愛いマグカップとの出会いも、全て受け入れた笑みだった。
「明日遊びに行ってもいい?」
「おぅ、死ぬ気で今日中に片付け終わらせるわ」
「俺も悠々と遊びに行けるよう頑張りますか」
 そういえば俺の部屋の来客用、もとい陣平ちゃん用のカップ用意してなかった。よし、今度デートする口実ができた。落として割れないように両手でマグカップを包み込み、工具コーナーにも目もくれずレジに向かう陣平ちゃんを追うように歩く。
 翌日。しっぽをくっつけてハート型を作ったお揃いのマグカップに、陣平ちゃんが急須からお茶を注いでくれるのをのんびり待つ、その向こう側。チラリと見えたノートパソコンの隣に、ペンが数本差さったぴかちうのマグカップを見つけて、じんわり胸が温かくなった。
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