http://kashima.kurofuku.com/%E8%90%A9%E6%9D%BE/%E4%BA%94%E5%8D%81%E4%B8%89%E5%BA%A6%E3%83%9D%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88『五十三度ポケット』
『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』様に初参加。
お題「カイロ」
冬のDD萩松です。ハピエン。
肩を竦ませ、はーっ、と指に息を吹きかける。
寒い。なんでこんなに寒いんだ。この前まで夏日とか言ってたじゃねぇか。まだ道行く人間は冬用のコートを着ていないが、もう明日からは着てもいいかもしれない。衣替えもままならない異常気象に身を震わせながら、大学からの帰路を歩く。
「陣平ちゃん寒そうだな」
隣を歩く萩が身長差分、俺を覗き込む。
そういう萩も寒がりだ。マフラーも巻いてコートも着込み、恐らく下着も温熱効果のあるものを選んでいる。着られる服が学校指定の制服とコート縛りだった頃は派手に「さみーさみー」と大騒ぎしていたが、大学に進学して自由に服を選べるようになってからは、体温調節もうまくできるようになったらしく今年はさほど騒いでいない。朝起きて布団から出るときは必ず騒いでいるが。
対する俺は服に頓着しない年月が長かった分、どの服を着れば自分の求める温度をキープできるのか、ちんぷんかんぷんで、自己嫌悪とまでいかないが自分の私服に失敗した感覚を覚えやすくなってしまった。
「マフラーしてこなかったの?」
「多分、萩んちに忘れた。今朝なかった」
「ありゃ。ごめんね気づかなかった」
「別に萩が謝ることじゃねぇだろ、忘れたのは俺だ」
「今日取りおいで」
「そのつもりだ」
鼻をすすりながら歩を進める。
両者ともにお互いの家を行き来するようになって久しい。泊まるのは俺のほうが圧倒的に比率は高い。最初は萩からだった。気軽に俺の借りてる部屋に遊びにきて一泊し、「次は陣平ちゃん泊まりに来てよ」となんでもないふうに誘ってくれた。お互い一人暮らしを始めて一週間目のことだ。萩の部屋に行きたい、と素直に言えなかった俺のしこりを軽々ととっぱらってくれたのだ。好意に甘えて翌週に萩の部屋に泊まりに行き、「これ置いてけば? また持ってくるの大変でしょ」と言われ、歯ブラシを置き、服を置き、何を置き……着々と半同棲している恋人の図となっていった。
「陣平ちゃん、いいもんあるよ」
スルリと俺の左手を取り、萩は自分のコートのポケットへ導いた。
あったかい。
カイロがポケットで熱を放出していた。
「どう?」
萩がポケットの中で俺の掌にカイロを当てて笑う。自身の手をポケットから出そうとする気配がないのを感じ、そっとカイロ越しに手を繋いだ。振り払うこともできるのに、萩はキュッと力を強めてくれる。
しばらくお互い無言でポケットの中で手を繋いで歩いた。胸まで温かいのはカイロだけの効能ではないだろう。カイロの平均温度は五十三度だったか。今の俺はもっと熱い気がする。
「……いいもんだな」
密着している腕に気づいて、ちょっと気が大きくなり、萩の肩に顔を載せる。近すぎて見えないが、ふふ、と萩が笑った気配がした。
「今日の夕飯何にしよっか」
「お好み焼き」
「いいねぇ」
萩がスリスリと俺の指を親指でさする。何となくカイロが邪魔で、でも手を離すのも嫌で、俺ももぞもぞ指先で応える。
温かい格好をしているとカイロを口実に手を繋げないかもしれないから、やっぱりコートはしばらく着ないでおいて、マフラーはわざと忘れてみようか。
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