http://kashima.kurofuku.com/%E9%99%8D%E6%96%B0/%E6%9C%80%E5%88%9D%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%9F%E3%81%A3%E3%81%B7%E3%82%8A『最初から最後までたっぷり』
ポッキイの日(遅刻)、降新。
同棲してるし婚約してます。
こたつから出られない。
ブラウン系で統一された家具に囲まれ、こたつに下半身を突っ込んでうとうとすること数時間。課題も終わらせて、特に取り掛かっている事件もないとくれば、おやつを食べながら読書するに限る、のだが。
「零さん帰ってこねぇな」
十一月十一日の夜十一時。あと一時間もすれば日付も変わる。恋人が帰ってこないのはいつものこと。でもこうやってちょっとしたときに寂しさを覚えてしまうのはオレの若さゆえか、単純にオレの性格か。
ぽきぽきとポッキイを食べながらページをめくる。そろそろ寝ないといけないと思いつつ、恋人が帰ってくるのを待ってしまう。こたつ温かいし。今日は付き合って初めてのポッキイの日なんだから、ポッキイゲームでいちゃいちゃしてみたかった。
「ただいま……?」
そっとドアが開く。小声で帰宅を知らせた零さんと目が合った。
「お、おかえり!」
「やっぱり。起きてたのか」
「待ってたんだよ!」
あんなに出たくなかったこたつからもぞもぞ抜け出し、お疲れの顔をした零さんに抱きつく。
「ふふ、零さんの匂い」
「嗅がないの」
「そういう零さんだって嗅いでるじゃん」
「これは吸ってるんだよ」
「何それ」
ひとしきりおかえりの抱擁を楽しんだあと、「おかえり」と軽く一回キスをする。
「零さん、ポッキイゲームしようぜ」
「うん、いいよ」
「……うん?」
意外にもあっさり承諾されてちょっと驚く。
「ポッキイゲーム知ってんの?」
「知ってるよ。両端から食べていくんだろう?」
「……わかっててやってくれんだ?」
「恋人なら必ずやるんだろう?」
常識を説く真面目さで零さんはこたつの上の食べかけのポッキイを見た。大変世間一般の常識にうるさい割に熱烈な愛情表現もしてくれる零さんの『恋人行事』に対する姿勢の見極めは難しい。今回のポッキイゲームは「食べ物で遊ぶな」と断られる案件かと思ってた。
「ほら、早く。そんな眠そうな顔して」
「眠そうじゃねぇし! ……あれっ」
さっきまで摘んでいたポッキイを手にして気づく、これは既に空だった。試しにもう一パック確認してみるが、それは食べ終わったけどゴミ箱が遠くてこたつから出たときに捨てようと思っていたもので、やはり記憶のとおり空だった。がっくり肩を落とす。
「ごめん、零さん、食べちゃった」
「はは。おいしかった?」
「……うん……あー、せっかく零さんが乗り気なのにぃ」
「大丈夫、僕も持ってるから」
えっ、と顔を上げると、「ジャジャーン」と口で効果音を出して楽しそうに鞄からお菓子を取り出した零さんがいた。
すげぇなこの人、ホントにポッキイゲームしたかった恋人様じゃん、え、好き。
きゅんとしながら掲げられる箱を見てふと現実に戻る。
「これトッポオだけど」
「あれ? ポッキイ買ったつもりだったんだけど」
「……やっぱ零さん疲れてんな」
「まあいいじゃないか、最初から最後までたっぷり入ってるし、やることは一緒だ」
ぺりぺりぱりっと開封し、一本咥えると、「ん」とオレに端を咥えるよう促した。しかしやりたいと言ったがポッキイゲームは初めてだ。目は閉じるのか、手はどうするのか、作法が全然わからない。変な動きして失敗したらどうしよう。
カチコチに固くなってるオレに、零さんは一度トッポオを指で挟んで口から離す。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ここ、半分位を目安に食べ進めてみよう。あとは僕がリードするから安心して」
「……慣れてんだな」
「ポッキイの日関係なくいちゃついてる奴らがいたからね。見たことがあるだけさ」
くすりと笑う零さんが大人びていて、でもこれからやることはポッキイゲームという子供じみたお遊びで、そのギャップに「まあいっかこの人ならうまくしてくれんだろ」と緊張がちょっと解けた。
咥え直されたトッポオの反対側をゆっくり咥え、カシッ、と一齧り。かしかし、零さんが食べ進めてきて、オレもペースを上げる。近づく零さんの顔に心臓がドキドキする。待ってそういえばキスする心の準備してないと手を胸に当てると、零さんの嵌めた指輪の冷たい感触を指が覚え、スルリと恋人繋ぎにされてしまった。そして右手はオレの後頭部を支えてきて、零さんはトッポオを更に食べ進める。
ちょっと待ってちょっと待って。リードするというが完全にペースに飲まれ、あうあうとプチパニックを起こす。あっという間にトッポオは終わり、ちゅっ、と唇が重なった。欠片がついているのか、ぺろりと唇を舐められた。
「ンう」
舌は入れない、唇だけの戯れに時間が過ぎてゆく。
美味しいはずのトッポオの味などわからなかった。最初から最後まで零さんの愛でたっぷりなことはわかったけど。
唇が離され、はあはあと呼吸を整える。支えている指が後頭部をなぞり、ビクリと背筋が甘く揺れた。
「……ふたりとも勝ったかな?」
「……? 何の話?」
「ポッキイゲームって『その気にならなかったら負け』なんだろ?」
初めて聞いたけど、そんなルール。
それを正す前に零さんはまたキスをしてきた。こたつから出てちょっと寒いけど、そんなのは些事に過ぎないとオレは身をもって知っている。ぽすんと背中に座布団の感触を覚え、逆さまの壁時計が十一時十一分を指しているのを見ながら、零さんが咥えた二本目のトッポオの反対側をそっと咥えた。
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