http://kashima.kurofuku.com/%E8%90%A9%E6%9D%BE/%E3%80%8E%E7%94%98%E3%81%8F%E7%86%9F%E3%81%97%E3%81%A6%E5%96%9C%E3%82%93%E3%81%A7%E3%80%8F『甘く熟して喜んで』
『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』様に参加。
お題「乾杯」(第66回 2024年1月6日出題)
DD萩松と千速、ハピエン。
『そばにいる』の続きです。
一月二日、昼前。違和感を訴える腰に怯えつつ自宅へ帰る道、アパートの前に停まっているバイクに自然と意識が向いた。バルバルバルとエンジンを吹かせたバイクに誰かが跨ったまま携帯を操作しているようだ。
「? ん、姉ちゃんから……はっ? え、今? あ、あれ!?」
隣を歩いていた萩が携帯の通知に驚き、受信したらしいメッセージに驚いて、携帯と前方を見比べる。バイクの持ち主がひらりと手を振った。
「おー、研二、陣平! あけましておめでとう!」
「おめでとさん。どうしたんだ、こんな正月から急に」
「正月にぎっくり腰になってるっていうから見舞いだ、見舞い」
「来るなら言ってよー。迷わなかった?」
「ちゃんと出る前に連絡したぞ、こまめに見ないお前が悪い。場所なら、おばさんから住所と目印になるもの教えてもらってたから大丈夫だった」
エンジンを止め、大きなリュックを背負って、千速が「これ停めたいんだがどこだ?」と聞いてくる。萩が駐輪場に案内して、俺は先に部屋へ帰り、そそくさと片付ける。
「ほお。結構綺麗にしているな。偉いぞ」
「いや、これは……」
「腰を痛めた陣平ちゃんが何かに躓いたらいけないからさ」
「……そういうことだ」
千速がケラケラ笑った。
大して散らかっていないのは大掃除中にぎっくり腰になった俺に代わり、駆けつけてくれた萩が掃除をしてくれたおかげである。俺だけだともっと自由気ままに散らかしていた。
「姉ちゃんいつまでいるの? 昼食べる?」
「一応三人分の弁当なら母さんから預かってるから昼だけ一緒に食べるつもりで来た。邪魔なら帰る」
「飯位食ってけよ」
「はは、そう言うと思った。でも外に出られるようになっていて安心したぞ。大丈夫なのか?」
「怖ェけど動けない程じゃなくなった。歩いたほうが治りが早いらしくて、ちょっと買い出しに」
買い物袋からいろいろ荷物を取り出し、冷蔵庫にしまう。年末にぎっくり腰になったが、安静にするのは三日間が目安らしい。それを過ぎたらむしろ歩いたほうが治りが早いとネットに書いてあり、マジかよと思いながら元日の昨日は部屋の中で体操をして、今日は新年早々開店しているスーパーに繰り出してみた。年末に萩が買い込んでくれたが生きていれば食料は減るのである。重くなり過ぎないよう調整しつつ、二人分の食料を買ったところだった。
「そうか、もうちょっと実家に連絡してやれ、心配していたぞ。これ、陣平のご両親から、御節と餅とお灸。あと多分お年玉も入ってるな。うちからはお雑煮の具と湿布だ。これは今日の昼のおにぎりと肉とサラダ。で、私からはこれだ」
どういう連絡網があるのか、うちと萩の両親が連携して息子たちにお正月気分を味わわせてくれるらしい。テーブルに広がる食べ物と医療品の山に、ドン、と一本の瓶が加わった。
「酒!?」
「バカ。体調崩してる人間にアルコール摂取勧める人間がどこにいる。甘酒だ、甘酒」
ラベルやフォントが日本酒のそれに似ていたため驚いたが、確かに『甘酒』だった。こくりと喉が鳴った俺に千速が微笑む。
「陣平、甘酒好きだったからな。おばさん、今年も作ってたぞ。飲んでもらえなくて残念そうだった。その顔を見たら、陣平も飲めなくて残念がってるんだろうなと思ってな。その代わりになるかどうかはわからんが、正月気分を上げるといい」
にんまりと両手で瓶を俺に渡すと千速はおにぎりを開封しだす。ふと気づくと萩がカップを持ってぷるぷる震えていた。
「姉ちゃんずるい!」
「何が」
「俺も陣平ちゃん喜ばせたい!」
「知らん」
さらりと流す千速と「何言ってんだ?」と首を傾げる俺に、萩は黒猫の描かれたカップをふたつ、少々乱暴に置いた。
「看病もしてくれて、買い物付き合ってくれて、俺感謝してる。……伝わってなかったか?」
「伝わってる! 伝わってるけど、うーん!」
「はいはい、ほら甘酒飲んで落ち着け」
俺が貰ったはずなのにひょいと奪われ、気づけば千速は甘酒の封を開けており、トクトクとカップに注いでいた。カップを見る目が心なしか柔らかい。「これは冷えてても美味しいらしいぞ」とレンジに持っていこうとする俺の手を止めた。萩がもうひとつ来客用に買っておいたカップを持ってくると、千速はそれにも甘酒を注ぐ。
「はい持って、持って。えー、陣平の腰の健康と研二の心の健康を祈りまして。乾杯!」
「か、かんぱい」
「かんぱーい」
マイペースに歩んでいく千速のペースに完全に飲まれながら、甘酒を飲む。祖母や母親の作る甘酒しか飲んで来なかった俺からすると、市販の甘酒は少し甘みが強いかもしれない。あともう少し濃くていいかも。
「萩。そろそろ人も少なくなってるだろうから、明日、初詣行こうか」
「うん、行こう!」
「こうやってすぐ頷いてくれてありがとう。俺、喜んでる。もっと笑えるよう努力するからな。千速もわざわざありがとな」
今年の抱負ともいえるような宣言に千速はクスリと笑い、萩はくしゃりと顔を歪めた。え、泣くのか、と驚くと「陣平ちゃん!」と叫ばれた。まだ甘酒の入ったカップを置くと、抱き締められた。ヒイ、甘酒が、ぎっくり腰が。なんてことしやがる。
「いいんだよ! 陣平ちゃんは陣平ちゃんのままで! 俺が! 喜ばせたいの! ただそれだけ! 変なこと言ってごめんな!」
「おっ、このハム美味いな」
盛り上がる萩に、ハムを食す千速。こんな正月も面白いなと笑いながら「わかったわかった」と萩を慰める。
そうだ、今度帰ったら甘酒の作り方を教わろう。萩もうちの甘酒、好きって前に言っていた。萩が俺を喜ばせたい気持ちは、きっと俺も知っている。
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