http://kashima.kurofuku.com/%E8%90%A9%E6%9D%BE/%E3%80%8E%E7%A6%8F%E3%81%AF%E6%89%8B%E3%81%AE%E3%81%86%E3%81%A1%E3%80%8F『福は手のうち』
『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』様に参加。
お題「節分」(第70回 2024年2月3日出題)
DD萩松、ハピエン。
ポリポリと煎り豆を食らう。最初は年の分、つまり十九個数えて食べていたが、買った豆はその倍以上ある。明日以降に持ち越してもいいが存在を忘れそうなので、炬燵の向かいでぬくまる陣平ちゃんと共に、ビールのつまみに食べ続けている。
「節分、立春か。春って文字見るとなんかめでたくていいよな」
「だなー。このまま暖かくなればもっとサイコー」
今日は節分だ。実家では鬼の面をつけた父だったり母だったりはたまた姉ちゃんに豆を投げる行事を楽しんだ日だが、進学して一人暮らしとなり陣平ちゃんが泊まりに来ている今、豆を投げる気は毛頭なかった。これからも一生、陣平ちゃんに物を投げさせることもないし、投げることも絶対ない。
あれは、転校してきた頃ほとんど喋らず笑いもしなかった陣平ちゃんが、時を重ねて少しずつ笑うようになってきたある年の節分。俺の家に招いて、鬼役を買ってでた父に俺と姉ちゃんは勢いよく豆を投げつけていたが、陣平ちゃんは豆の入った枡を持ったまま微動だにしなかった。どうしたのかと聞くと、
『ヒトゴロシ?』
と俺たちを恐怖と非難の入り交じった目で見ていた。そしてハッと何かに気づいた表情をすると、『ごめん』と謝ってすぐ帰ってしまった。そんな陣平ちゃんを追いかけて、預け先のおばあちゃんに陣平ちゃんを傷つけてしまった旨を話した。すると、親父さんの一件で家でも外でも何かを投げられる経験をしてしまったことを小声で教わった。陣平ちゃんの過去は何となくわかっていた気がしていたのに、先回りできなかったことを悔やんでいると、陣平ちゃんのおばあちゃんは深く深く頭を下げた。迷惑かけてごめんねと。これからも仲良くしてやってねと言われなかったのが逆に苦しかった。家に帰ると、電話口で母が手を振りぺこぺこ頭を下げていた。陣平ちゃんのお母さんからだと母は言った。
『陣平ちゃんは何も悪くないのに』
大人はすぐ問題を大きくして子どもの居場所を奪う。その謝罪は陣平ちゃんのためになるのだろうか。口を尖らせると『それ、ちゃんと陣平に言ってやれ』と姉ちゃんに言われた。
それからまた口数が少なくなって、俺から離れようとする陣平ちゃんを笑わせるようになるまでどれだけ時間がかかったか。物を投げられる現実を変えることができず、「自分は人殺しだから物を投げられる」と認識を捻じ曲げて過ごしていた陣平ちゃんに、少なくとも俺は陣平ちゃんに物を投げないよと約束したのだ。意識を変えるのはまずは物を投げられない安全な現実を与えなくちゃいけないと、小学生なりに必死に考えた結果だ。
中学、高校と共に過ごして、陣平ちゃんとなかなかにやんちゃしてきた。ボクシングも喧嘩もできるようになった陣平ちゃん相手に、節分を含めて物を投げるのを禁じる必要性があるのかといったら、あるに決まっている。陣平ちゃんの心の平穏を保つため、俺は約束を守りたい。
「あ」
ほとんど空になった豆の入っていた枡の中で、陣平ちゃんの指と触れ合う。小さな沈黙ののち、爪で陣平ちゃんの指をなぞっていくと、こつ、と爪が爪と当たった。陣平ちゃんの指がするりと俺の指の間に入り込み、枡から手が出て恋人繋ぎとなる。陣平ちゃんのキス待ち顔はとても可愛い。この顔を教えたのは俺だ。ぐっと炬燵の天板に力がかかる。
世間一般の行事、たとえば節分に豆を投げることができなくても何の問題もない。ふたりきりの行い、たとえばそっとキスをすることのほうが、俺たちにはずっと大事。
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