好きなものを好きな分だけ

『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』様に 参加。
お題「香水」（第73回　2024年2月24日出題）
DD萩松とオリキャラ。ハピエン。


　春、大学に入学してすぐ、陣平ちゃんが尋ねてきた。
「萩、シャンプー替えた？」
「ううん。これ、香水」
「香水……」
　すんすん、匂いの強い場所を探す陣平ちゃんは猫のようだった。耳の後ろ、手首、腰。粗方見つけ終わったあとはまた俺の頭を両手で掴み、長いこと耳の後ろを嗅いでいた。俺は正面からハグしてきた陣平ちゃんをそのまま抱き留める。
「大学デビューってやつか？」
「ま、そんなとこ。この匂い嫌い？」
「うーん……」
「嫌なら違うのにする。陣平ちゃんが嫌がって離れられたら本末転倒だし」
「……うーん……」
　するする、髪の束を指で梳いてシャンプーが替わっていないことを確かめて、また耳の後ろで呼吸する陣平ちゃんの背骨を撫でる。こつこつとした感触が気持ちいい。ずっと嗅いでいるということは警戒モードは終わって、気に入ったのだろうと楽観的に結論づける。「明日もこれ付けてもいい？」と耳元で囁けば、「うん……」と小さく頷いた。

　*

　夏。高校からの友人の安藤から尋ねられた。
「萩原、香水ってどこで買えるんだ？」
「どしたの急に」
「いい匂いさせてる奴は人から好かれると気づいたんだ。ほら」
　俺の隣の席を安藤が顎で示す。ふにふにと指遊びをして、俺の手を持ち上げて手首の内側を嗅いで、満足気に笑ってまた指遊びに戻っている陣平ちゃんがいた。
「これは極端な例だとしても、人から好印象は持たれたいじゃん？」
「付き合ってもいいぜ、週末でいいか？」
　俺ではなく陣平ちゃんが安藤に笑いかけた。これが俺狙いの女の子だったら『萩原君に話しかけてるんだけど』とイラつかせる言動だろうけど、相手は陣平ちゃんの友人でもあり表裏のないことで有名な安藤である。
「助かるーモテ男ふたりが選んでくれるとは！」
と陣平ちゃんに返事をした。

　*

　秋、俺は風邪をひいた。バイト終わりの陣平ちゃんが複雑そうな顔で、夜、見舞いに来てくれた。
「……なんかあった？」
「……。今日萩休みだったろ。なのに安藤に『あれ？　今萩原いたよな？』って言われて……」
「まあセットで認識されてるよな、俺たち」
「……それはそうだし、いいんだが……。今日休みだぞって答えたのに『うっそだーこんなに萩原の匂いしてんのに？』って俺の隣？　俺？　を嗅がれて、なかなか信じてもらえなかった……」
　そっかぁ、と手招きする。今日はあいにく出掛けていないため香水はつけていないし、風呂はパスしたため体臭もしているだろうけど、陣平ちゃんと俺の仲だ。陣平ちゃんは気にすることなく俺の胸の上ですんすん匂いを嗅いだ。
「萩の匂い、俺からもしてるのか……」
　ぼそぼそと呟くのがおかしくて、ぽんぽんと背中を撫でて慰めた。
　俺の匂いを周囲に認知させた上で、陣平ちゃんに移り香を残す。陣平ちゃんの一番近くにいるのが誰なのか、キスマークを付けるより遥かに周囲の人間へ知らしめることができると踏んでのことだ。うまくいった。
　陣平ちゃんが複雑そうなのは、俺の香りが移っていることに全く気づかなかったからだろう。俺の香水の匂いを纏っているその事実がさほど嫌ではなさそうなのは、今こうして腕の中にいることからわかる。ついでに聡い陣平ちゃんのことだから、俺がマーキングしていたことにも気づいたのだろう。それもきっと満更でもなくて、複雑なのだ。

　*

　冬、陣平ちゃんが香水をおねだりしてきた。金は出すから選んでほしいと。二つ返事で俺はオーケーした。
「おっ、松田、もしかして香水買った？」
　安藤に尋ねられて、陣平ちゃんが「おぅ」と少しぎこちなく頷いた。安藤は夏に俺たちが選んだ香水を素直に付けていた。一限目からコマがある日は付けていないらしく、今日はフレッシュな香りがしているため余裕のある朝だったと見える。
「俺が選びました」
「参ったなーイケメンがイケメンに引き立てられて更にイケメンになるじゃん、これ以上モテてどうすんの？」
　自分の顔の良さを認識しているが俺にしか興味のない陣平ちゃんは「さあ」と適当に返す。俺は陣平ちゃんを後ろから抱き締めて、腰周りをさりげなくこすって香水の揮発を促し、耳の後ろの匂いを嗅ぐ。香水を付ける場所として今朝レクチャーしてあげたところだ。うんうん、いい匂い。
　俺もじっくり、陣平ちゃんのマーキングに協力して、学び舎を拠点に移り香を漂わさなければ。