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『萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負』様(X)よりお題をお借りました。
お題「カラオケ」(第76回 2024年3月16日出題)
K学萩松とK学メンバー。ハピエン。
五人と女子五人で二次会にカラオケに来ている。
正直意外だった。萩原が場の空気を読み、全員がわかる歌を歌うのはわかっていたが、松田も全員が歌える歌を選曲するとは。
「なっつ! 歌ったのいつだろ、小学校、中学校?」
「私これ合唱コンクールで歌った!」
松田が選ぶのは全部音楽の授業で習った歌だった。小学校中学年あたりから中学生あたりまで、誰もが合唱経験のある歌のため、曲名や前奏で笑いが溢れ、そしてサビでは最高潮に盛り上がる。マイクを握る松田の歌声の音程が多少ズレたとしても、全員が歌っているため気にする人間はいないようだった。
曲が終わると全員が拍手する。松田にではなく、音楽室や体育館で歌った自らの童心への賛美だろう。そんな中、萩原だけは松田に拍手を贈っていた。
「陣平ちゃん上手ー!」
「へへーん。俺だって歌えるんだぜ」
「松田君って『元気な歌声』って先生に褒められるタイプっぽいよねぇ」
わかるわかるー、と盛り上がる女子に、松田は「そうだろそうだろ」と笑いながら隣の萩原へマイクを回した。斜めの僕から見える角度で、椅子の座面に置かれた萩原の指が松田の甲をとんとん叩いて、こそこそ繋がれたのを見た。
「流行りの歌はわからねーけど、ぜーんぶ萩と練習した歌だ。たとえ音痴でもでっけー声出して楽しそうに歌ってれば歌唱の点数は取れることに気づいたからな、練習した練習した」
「陣平ちゃんが歌うと『下手っぴが楽しそうに歌ってんな?』って周りの男子もノッてくれたから、気合い入れてる女子を泣かすことなく、合唱コンクールでは毎回いいところまでいったよなぁ」
唐突に惚気られた気がしたが、ツッコミを入れる間もなく、流れ出す次の曲に萩原が松田を見ながらリズムを取り、歌い出す。「あーこれ知ってるー」と女子たちが萩原の歌う甘いラブソングに体を揺らす。僕やヒロ、班長も聞いたことのあるドラマ主題歌のラブソング。知ってるが故に歌いたくて画面の歌詞を追う者が多い中、萩原は松田を見続けたままだった。そして松田も萩原の視線をしっかり受け止め、ゆらゆら萩原の歌声を聴いている。
このラブソングは松田に捧げられているのだ。そして松田は捧げられているのをわかって聴いているのだ。
いつからこういうスタイルでカラオケを楽しんでいるのか知らないが、なんとなく若かりし頃から『ふたりで練習した合唱曲』と『君に捧げるラブソング』は鉄板なのだろうと予想はついた。
「アンコール」
最後まで画面を見ずに歌いきった萩原に松田が告げる。公衆の面前の愛の告白をもう一度? すごい度胸だな。
「夜は長いからまた順番来たらな」
萩原にマイクを渡された班長が頬を掻く。
「そんなこと言うと次予約入れてる班長が歌いづらいだろう」
「? 萩の歌はうまいんだからもう一度聞かせろってお願いするのは礼儀だろ」
一言注意すると、松田は真顔で僕に返す。松田はよく萩原とだけの常識を持ち出してきて、本気で望んでいるのか社交辞令で言っているのか微妙なラインの発言をするから困る。
テンポのいい映画主題歌の前奏が流れ出し、「俺の歌も聴いてくれよな!」と明るく班長が拳を挙げたのを契機に、萩原が口笛を吹き、やんややんやと盛り上がり、その話は一旦終わった。
しかし長い夜、松田の『ふたりで練習した合唱曲』と萩原の『君に捧げるラブソング』、そして「アンコール」は揺るがなかった。
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