http://kashima.kurofuku.com/%E8%90%A9%E6%9D%BE/%E3%80%8E%E7%A7%81%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%81%8A%E6%B5%81%E3%81%97%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%8F『私たちがお流しします』
Xのワンライ企画より、お題をお借りしました。ありがとうございます。
萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負
お題「コスプレ」
(第97回 2024年8月17日出題)
DK萩松。メイド服着用。オリキャラ安藤君、モブ女子がいます。
髪をブラシで梳かれ、ヘッドドレスを着けられる。机の上に置かれた小さな鏡の中の松田は何とも言えない渋い顔をしていた。
お盆の時期にテレビで時々見かけた、マンガの祭典。すごい人混みの次に映し出されるのは、戦隊ヒーロー、変身美少女、ニュースで騒がれた事象、無機質などなどに扮する『コスプレイヤー』である。自分で描いた漫画を印刷して売る場所にあれだけの人が集まるのもすごいが、見た目のインパクトとして、自分の好きなものに成るため衣装を作って着て撮影に臨む姿のほうがテレビ映りもいいのだろう、一視聴者の松田も『コスプレ』がなんなのかはテレビを通してなんとなく知っていた。それに近しいことをしている姿が鏡に映っている。
しかし松田の『コスプレ』への認識はそこまでである。ジャージを下に履いたまま踝丈の黒いメイド服を着たとき笑顔を作るその心は、テレビでは事細かに教えてくれなかった。
『第一にキャラへのリスペクトですね!』
テレビの中でとあるコスプレイヤーはキラキラした笑顔でそう言っていたが、文化祭の出店の衣装にリスペクトを持てと言われても難しい。ネットでコスプレについて軽く検索をかけてみたが、深淵を覗いてしまったようで参考になる情報は初心者には入手できなかった。そもそも「コスプレをしたい」と志す人間のための情報ばかりだったためだ。文化祭当日になってもメイドの気持ちがわからずにいる松田が映る鏡の中に、ひょっこり萩原が顔を映す。
「陣平ちゃん、どっか苦しいとこない?」
「ない……」
「……やっぱ着たくなかった?」
「こんなん人前で着たい野郎多くはねぇだろ……」
「おっ、松田似合ってるな! 萩原はうん、笑える!」
「と思ってたんだがなんなんだろな……」
ミニスカメイド服を着たクラスメイトの安藤が肩を叩いた。安物だと一発でわかる布地の裾から、折ったジャージがチラリと見える。
安藤と同じく、既製品を扱っているペンギンのようなマスコットの店でメイド服を経費で買って済ませようと思っていたのだが、店内散策中に、大学生となった千速の友人である忍に見られ、話を聞いた彼女に技術提供を申し出された。技術力は借りて損はないと判断し、趣味の範囲で手伝ってもらい、彼女のお下がりのスカート類を謎の裁縫技術を以てリメイクしていった。その結果、はちゃめちゃに笑い飛ばす女装メイドのはずが、妙にしっくりくる女装メイドが爆誕した。肩幅もあるし体の骨格も男そのものなのだが、萩原に常日頃から『可愛い』と連呼され、童顔に磨きをかけ、なんなら去年からお付き合いしていちゃこらラブラブしているものだから、精神的に満たされ肌艶も良く、全体の印象として『似合っている』に落ち着いてしまったのである。対して萩原は、萩原のサイズに合わせて膝丈スカートで作ったのだが、こちらは想定通り笑える女装となっていた。忍曰く松田は「素質がある」らしい。
正直な話、萩原に可愛いと言ってもらえてるのは嬉しいのだが、人前で女装する趣味は全くない松田にとって、メイド服を着た姿を人前に晒すのはとてつもなく抵抗があった。だが何故か工業系の男子たちは非日常を味わうことにアクセル全開で、『コスプレ』『女装』『メイド』はくじ引きではなく圧倒的なノリで決まっていったのだ。松田は周りでギャーギャー笑い合って着替えているクラスメイトたちが羨ましくて仕方なく、重く溜め息を吐く。
「ちょっと男子ィ! いつまで着替えてんの!」
工業系のため数少ない女子が大声を張り上げる。着替え終わっている松田はそそくさと裾を踏まないように気をつけて歩き出す。そのあとにゴツいメイドの萩原、チャラいメイドの安藤が続く。
「陣平ちゃん、笑顔笑顔」
「……せめて喫茶店? なら、萌え萌えきゅん? って吹っ切れたんだけどよぉ……なんか中途半端っつーか……」
「松田ってアキバ行くの?」
「テレビで見ただけの知識」
「はい松田! 今日は看板娘よろしく! 萩原君、どうぞご安全に! 安藤、がに股!」
メイドになりきれない松田はもやもやしたまま、プラカードを受け取って中庭へ赴く。本日は会場の中庭でプラカードを掲げ、クラスの出し物の前での案内役を担っている。萩原は会場で接客、安藤は学内のあちこちを歩き回りながら宣伝を行う。萩原と安藤に手を振って一旦分かれ、設営準備に忙しない会場を見遣る。
せめて喫茶店なら、萌えキャラになりきることもできたのに、工業系男子高校生の本気を出した店にしてしまうから松田も『コスプレ』に身が入らないのだ。『店』と『従業員』のコンセプトは揃えた方がいいともっと大きな声で訴えるべきだったと思う。白いエプロンの襞をいじりながら、スニーカーで地面を蹴った。
開場のアナウンスが聞こえた。松田は大きく息を吸う。
「二年A組、『メイドさんの流しそうめん屋』、いかがっすかぁー! メイドさんがそうめんを流してくれまーす!」
夏も過ぎた秋の文化祭、新品の雨樋をメインにモーターを積んだ大掛かりな流しそうめんの装置を前に、萩原たち女装したメイドが箸を片手にそうめんを流すべくウキウキしていた。
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