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好きなものを好きな分だけ

成人済腐。萩松/降新・安コ。ハピエン大好きなメリバ脳。字をもそもそ書きます。140字に要約する能力と検索避け文字列がしんどいため長文用にブログ作りました(一括metaタグ入れてあります)

『笑って待ってる』

初めての別離。
萩松、小学校六年生。
家族は捏造です。

『はっちゃんがしんじゃった』
 秋も深まる金曜の夜、電話越しにぐすぐす鼻声で研二が告げる。
「そっか、ハチ……とうとう死んじまったのか……」
 父親の一件で預けられている祖父母宅の電話越しに、陣平は萩原家の愛猫の訃報を聞いた。
 研二と陣平は六年生。
 白と黒のハチワレで『ハチ』と名付けられた猫は、陣平が出会った時点で十を超えていた。捨てられていたのを幼い千速が見つけ、研二は生まれた頃から猫のいる生活が普通だったという。以前見せてもらったアルバムの萩原家にはよくハチが映り込んでいた。陣平が遊びにいけば最初は警戒されたが、ねこじゃらしによって距離を縮めて、『ああ、お前か』と言わんばかりに眼差しを向けられるポジションを会得していた。ただし分解作業中はパーツにじゃれつかれて邪魔をされることが多かったため、両者火花を散らす場面もあった。
 そんなハチの具合が悪くなったのは今秋だった。高齢というには少し早いかもしれないが、加齢であるのは間違いなく、萩原家は無理に入院や投薬といった延命を選択せず、柔らかいフードやホットタオルでのマッサージなど穏やかな余生を過ごせるよう工夫をしていた。陣平も研二の真似をしてピンクの肉球や前脚を揉んで血行をよくするのを手伝った。
「ハチ、可愛かったな……」
『うん、うん……』
「今は? もうお墓?」
『まだ部屋にいる……段ボールの中で、寝てるみたい……』
「……そっか……」
『はっちゃん、死んじゃったの……』
「うん、寂しいな……」
『さみしいよお』
 わんわん泣き出した研二を陣平はうんうんと電話越しに慰める。そのうち研二の母に代わられて、夜分遅くにごめんねと謝られ、あったくして寝てねと静かに電話は切られた。その声も濡れていた。
 陣平も涙ぐみながら受話器を置く。鼻をすすると、後ろから「研二君?」と祖母が心配そうに声を掛けた。
「飼ってた猫が死んじゃったって」
「そう。お話たくさん聞けた?」
「わかんない……」
 慰め方はあれでよかったのだろうか。陣平が話を聞けば聞くほど研二は泣いてしまった。考え込む陣平に、祖母が何かを台所から持ってきた。
「うちにはもう猫缶はないから、鰹節。にぼしが好きだったら悪いねぇ」
「……ハチの?」
「お墓に供えてあげなさい」
 小袋に入った細かい鰹節と祖母を交互に見て、陣平はこくんと頷いた。『もう猫缶はない』というのは以前この家でも飼っていたから。どーんと大きな茶トラの猫で、陣平が預けられる前に死んでしまったので死に際は知らなかった。
「じゃあ、あったかくして寝なさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 就寝の挨拶をすると、陣平の電話のためにボリュームを下げてテレビを見ていた祖父もおやすみを返してくれた。居間から寝室へ移動し、布団に潜り込む。
 ハギがあんなに泣くなんて。
 動物バラエティの泣けるシーンでも涙ぐむタイプだったが、声を上げるほどではなかった。
 俺に何か、できないだろうか。
 陣平は枕元に置いた鰹節を見て考え、布団から出ると寝室の電灯を点けた。

* * *

 授業のない土曜の朝早く、萩原家のインターホンを押すと、腫れぼったい目をした千速が出た。陣平の顔を見ると陣平には何も言わず「研二」と一言だけ家の中へ発し、呼ばれた研二が駆けてきた。
「陣平ちゃん来てくれたの」
「おはよう。……その……朝早くごめん」
「ううん。俺こそ昨日は夜遅くにごめんね。はっちゃん、まだ埋めてないから、会ってやって」
 萩原家は朝食中だったらしい。促されリビングに入り、研二の家族に「おはようございます」とお辞儀をすると、皆、陣平の手の鰹節を見て全てを察して迎え入れた。
 リビングは冷え切っていた。冬ではないので暖房をつけるまででもないのだろうが、それでも窓を開けて少しでもハチの腐敗を遅らせ、死臭を滞らせないようにしていた。
 リンゴの段ボールにタオルを敷かれ、ハチはそこで丸くなっていた。陣平の記憶にあるハチの寝顔だった。もしかすると死に際は苦しかったのかもしれないが、家族たちが綺麗に整えていることから決して不幸な旅立ちではなかったのだとわかる。周りにはお気に入りのおもちゃ、花、キャットフードが敷き詰められていた。
「よかったねはっちゃん、陣平ちゃん来てくれたよ。撫でてあげて」
「うん」
 そっと額を撫でると思ったより硬くて驚いた。陣平の初めてさわる『死』である。骨と肉、そこに生えている毛。はっきりいって毛艶もよくなかった。生きていない。それでもタオルで拭いてあげたのがわかる。ハチは死んでしまったのだ。愛されながら死んでしまったのだ。陣平の視界が歪んだ。
「ほら立派なヒゲ。陣平ちゃんの好きなピンクの肉球」
「うん……」
 泣きながら鰹節を箱の中に入れて、手を合わせる。萩原家の誰かが鼻をすする音がした。
「ありがとう、ごめんな、朝早くに」
「ううん、嬉しい。陣平ちゃん来てくれてありがとう、はっちゃん喜んでる。これから群馬のおばあちゃんちに埋めに行くんだ」
「群馬に……」
「うん。お母さんの実家。庭に埋めていいよっていってくれたんだ」
「そっか、よかったな。ちゃんと眠れるところあって」
「うん、助かる。萩原のお墓には猫はダメって話だから。うちの庭はほとんど駐車場で狭いし……」
「群馬の庭は広いんだ?」
「畑と繋がってるから走れるよ。はっちゃんもいっぱい走れる。夏五郎も、みたらしも、きっと一緒に遊んでくれる」
 夏五郎? みたらし? 聞いたことのない名前だなと陣平が不思議がると、小声で「おじいちゃんとおばあちゃんの死んじゃった柴犬と三毛猫」と千速が補足した。なるほど、動物好きな一家だったのかと陣平は納得し、少し居住まいを正す。
「あの、鰹節だけじゃなくてお供え物もうひとつあって……」
「そうなの? はっちゃんよかったねぇ」
「これ」
 ポケットから一枚の紙を取り出して研二に渡す。
「……虹と、はっちゃん?」
 研二の見る紙には、昨晩十分で描きあげた絵があった。萩原家の皆も覗き込む。
「図書館で読んだ。海外の詩? で、死んだペットは虹の橋のたもとで、飼い主を待ってるんだって。そこはとっても穏やかで、病気も治ってて、同じ境遇の動物と遊んでるんだって。飼い主と再会したら虹の橋を渡って天国にいくんだって」
 ぽたぽたと絵に涙が零れる。慌てる陣平を置いて研二はまた泣き出す。陣平が頭を撫でると胸にすりより、えんえん泣きじゃくる。思っていたより研二は泣き虫のようだ。頭を撫で、背中をさすってやると、次第に落ち着いてきて陣平は安堵する。
「また会えるんだ」
「うん、大丈夫」
「……でも、人生百年時代だし待たせすぎちゃうかも」
「俺がハチなら萩に会いたくてずっと待ってる、全然気にしない」
「……確かに、俺も待ってるかな。時間なんて関係ないな……笑顔で再会したいし、笑って待ってる」
 ぐいっと袖で涙を拭うので、陣平はすぐそこにあったティッシュを貰って目元を拭いてやった。研二の世話を焼くのは新鮮だった。研二はハチに話しかける。
「ね、はっちゃん、また会おうね。でも飽きたら天国いっても俺怒んないからね。天国で会おうね」
 研二は陣平の絵を箱に入れ、ハチを撫で、濡れた目で陣平に笑いかけた。少しでも慰めることができたようで陣平も笑う。
「悪いことできねーなぁ」
「え?」
「天国いくんだろ?」
「あー……うーん……地獄にいくほどのいたずらはしないようにする」
 冗談を言えるようになってきた研二を見て、こいつは天国が似合うと心の中で思う。父親の一件で塞ぎ込んでいた陣平をずっと慰めてくれたのだ。そのときの恩返しが少しできたかもしれない。
「さて、そろそろ出掛ける準備するぞ、研二」
「はーい」
「陣平、来てくれてありがとな」
「うん……お邪魔しました」
 小学校六年生の秋、研二と陣平はひとつの命の別れを経験し。
「ね、姉ちゃん、なにその子!?」
「ドブに落っこちてたから助けた! 研二、陣平、洗うの手伝え!」
「うみゃー!!」
「うわー!?」
 一週間後、萩原家の新しい家族となる子猫と出会うのであった。
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