http://kashima.kurofuku.com/%E8%90%A9%E6%9D%BE/%E3%80%8E%E3%83%81%E3%83%BC%E3%82%BA%E5%86%B7%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%8F『チーズ冷えてます』
Xのワンライ企画より、お題をお借りしました。ありがとうございます。
萩松深夜のワンドロワンライ一本勝負
お題「冷蔵庫」(第143回 2025年7月5日出題)
DD萩松。
パカンと扉を開けて「あー……」と涼む。
「ちょっと! 陣平ちゃん! もったいないだろ涼むならこっち!」
「ビールねぇじゃんビール」
「え? 切らしてたっけ?」
風呂上がりで肩にバスタオル、下着一枚の松田はがさごそ手馴れた様子で萩原宅の冷蔵庫を物色する。
松田の冷蔵庫に比べると流行りものが多いように見える。食材は安いもの、食べたいものを先行して買うため、松田には流行り廃りがよくわかっていない。萩原の「これ流行ってんぜ」の情報によって流行を知るのが常だ。
「チータラ見っけ」
「好きに食べていいぜ、陣平ちゃん用に買ったやつだから。むしろ食べてくれねーと減らないからどんどん食べて」
「サンキュ」
萩原の冷蔵庫だが松田の好きなものが常備されている。例えば今手にしたおつまみの一種であるチータラ。それは松田の冷蔵庫も同じことで、萩原の好物のナッツ入りチーズが常に冷えている。基本的にお互いが食べることを前提に買っているため、遊びにきたときに食べてもらう専用の一角だ。チーズだけではなく、相手に食べてもらおうと売り出し中のプリンや羊羹が並ぶことも多々ある。賞味期限が切れたら自分の冷蔵庫のものなので自分で食べるが、事情をわかっているのでお互い積極的に食べていた。
「この梅ジュース開けていいか?」
「いいぜ、俺のも作って」
「あいよ」
梅ジュースの素と炭酸水を取り出し、たぱたぱ注いで梅ジュースを作る。ボトルには一対四の割合のレシピが載っているが、汗をかいた夏の日は一対三で濃いめに作るのが松田流である。萩原の実家にはマドラーがあったが一人暮らしの萩原宅にはないため適当に揺すって終わりだ。
チータラを咥えて梅ジュースを渡す。萩原の「うめー」と梅味を指しているのか美味さを指しているのかはたまた両方なのか、判別つかない声に松田は満足気に微笑む。
大学に入って三年。他人を巻き込んで人生を台無しにする憎悪の対象だった酒は、所詮ただの道具でしかなかった。要はいつどこで飲むか、だ。酔っ払う楽しさを覚えた松田は夏のビールに飢えていたが、梅ジュースの酸味も乙な喉越しだった。
「ドライヤー掛けるよ」
「ん」
萩原の指が松田の髪をさわる。この指が好きだ。泊まりに来ると進んでドライヤーを掛けてくれる。
「明日は目玉焼きでいい?」
耳元で鳴る騒音に負けないよう、普段より大きめな萩原の問いかけに、松田はさっき見た冷蔵庫の中を思い出して眉をひそめた。
「……いいけど……一個しかなかったぞ? お前の分は?」
「えっ一個しかなかった!?」
「今日天津飯だったからなぁ」
卵をたっぷり使った天津飯を思い出しながら、持ってきたチータラを噛む。きっと明日はスクランブルエッグをふたりで分け合うことになるだろう。帰り道にビールを買って乾杯しようと、うつらうつらと予定を立てる。
かしかしと頭皮から乾かす萩原の指に酔いながら、萩原の用意してくれたチータラを飲み込んだ。
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