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好きなものを好きな分だけ

成人済腐。萩松/降新・安コ。ハピエン大好きなメリバ脳。字をもそもそ書きます。140字に要約する能力と検索避け文字列がしんどいため長文用にブログ作りました(一括metaタグ入れてあります)

湖龍の嫁入り 糸瓜の龍洗い

人×龍の萩松です。
アプリゲーム『名探偵コナンパズル 盤上の連鎖』で実装された「【龍】松田陣平」に一目惚れし、龍萌えの偏った知識で練り上げた設定の話です。
また、「【鎌鼬】萩原研二」が実装される前に作った設定なので、研二は人間です。後にも先にも鎌鼬萩はいません。人間×人外ヒャッフー!

本編はまだ完成されてないのですが、これは番外編扱いです。どういうことなの。
『湖龍の嫁入り』がシリーズ名、『糸瓜の龍洗い』が今作のタイトルです。
全体的にふわっとしているのでこの番外編単体でも読めます。読めなかったらごめんあそばせ!

尚、タイトルの「糸瓜」は古くは「いとうり」、訛って「とうり」と読み、「と」の前後が「へ」と「ち」だったことから、現代では「へちま」と読むようになったそうです。
その「古く」が一体いつなのかが調べきれなかったので、お好きにルビを振ってください。
(私はそのまま「へちま」と読んでます)

舞台
・戦国時代のとある村

研二
・八つ
・七つの秋、村の外へのお遣いで龍に助けられる
・求婚成功、龍を村に連れて帰る
・木製の三連の珠の帯飾りを婚姻の証に贈った
・甘噛みされるのが好き


・とあるお山の大きな湖に住んでいた
・村からは子孫繁栄の龍神として崇められていた
・七つの研二に求婚され、嫁入りを果たした
・研二に「陣平」と名付けられる
・甘噛みが最上の愛情表現
・研二のおはぎがお気に入り
・雄

研二の家族
・祖父母(捏造)
・木工細工が得意な父(捏造)
・おはぎ作りが得意の母(捏造)
・別嬪な姉(千速)
・龍が嫁入りする程のおはぎを作ったとして「お萩の家」と呼ばれ始めている

おはな
・オリキャラ
・可愛い

源八
・オリキャラ
・長寿

先生
・本編でちょいちょい出る
・この話には存在だけの出演

重悟
・本編でちょこちょこ出る
・千速の相手
・この話には出ない

この物語はフィクションでです。
公式キャラクター、実在する人物・団体・龍・神・妖とは一切関係ありませんが、萩松です。

『糸瓜の龍洗い』

「そりゃ糸瓜か」
 夏の朝、井戸から桶に汲んだ水を柄杓で撒いていたとき、ふとかけられた声に、頭を上げる。人ならざる青と緑の混ざった碧色のしっぽ、黒足袋を履いた人の足、帯からは三連の珠が緩く揺れる。癖のある青みがかった黒髪に、二手に分かれる青い一対の角。黄色い花を見つめるその表情はのんびりとしていた。
「龍神様、おはようございます! 研ちゃん、おはよう」
「おはなちゃん、おはよう」
 おはなと呼ばれた少女は、片腕に夫の研二を軽々と抱き上げた龍と、同い年の研二にぺこりと挨拶をした。冬を越えて研二とおはなは八つ。龍の年齢は村の誰も知らない。
 朝の散歩だろうか。
 夏になり、暑さは身に耐える。一年を通して人間より体温の低い龍の身体を研二は好み、夏になってもよくひっついていた。そもそも龍と研二が離れているところは龍が冬眠していた冬の間だけ、というのがおはなの認識である。大概龍の片腕に研二が乗っているか、手を繋いでいるか、じゃれているか、甘噛みしているか。家業の手伝いであっちとこっちに離れているときもあるにはあるが、くっつけるときは必ずくっついている夫婦である。
 お山の湖から突然村に嫁いできてからほぼ一年。嫁入りの理由が祠に供えられた研二のおはぎに惹かれたとの説明を受け、にわかには信じられなかったが事実らしいと受け入れてからは、研二の家はちらほら「お萩の家」と呼ばれている。昨日まで一緒に遊んでいた同い年の友達が、村の外へのお遣いから妻を連れてきて妻帯者となったのもおはなにとって衝撃的だったが、今となっては懐かしい話である。大人たちはまだ身の振り方に慣れてない者も多いが、遊んでもらえる子どもたちはもうすっかり慣れて、研二の妻として村の一員と認め、よく懐いていた。「陣平ちゃん」という由来が曖昧な呼び方は研二にだけ許されているらしく、またそう呼ばないと大人たちに怒られるため「龍神様」と呼んではいたが。
「そうです、糸瓜です! 食べてもよし、肌にもよし、水浴びによし! ってひいおじいちゃんが育て始めたんです」
「へぇ、源八が。糸瓜は食べることしか知らねぇな。水浴び?」
 首を傾げる龍に、おはなはぱっと顔に喜色を浮かばせた。収穫したあと実を乾燥させて、早ければ半月で茶色くなるから皮を剥いて、種を取り、乾いた繊維をお湯で柔らかくしてから身体をこすると肌が丈夫になれるのだと、糸瓜の大きさから水浴び時の身体の洗い方まで、身振り手振り説明した。他にもお湯で煮て皮を剥く方法、水に浸けて中身を腐らせる方法など、知っている限りの知識を説く。物知りな龍に物を教えるのは楽しいし、何より自分の家で育ててきた物の使い方を教えるのはとても誇らしい。
 嫁いできてから龍は村の人間生活を貪欲に学んできた。龍神と崇められる存在が、謙遜する人間を決して馬鹿にしないで、「偉いな」「すごいな」と必ず頷いてくれるのを村人たちは狼狽えながら喜んだ。長く生きていることで達観しているきらいもあり、それを上から目線だと思っている人間がいることもまた龍は知っていたが、その上で龍は、村に馴染もう、研二の妻であろう、お萩の家の嫁たろうと村人によく話しかけていた。
「つまり堅い繊維で身体を洗うってことか」
「秋頃、龍神様にもお分けしましょうか?」
「研二を丈夫にできるのはいいかもしれねぇな」
「えっ!?」
 腕の中で殊更大きな声をあげる。
 どうした、と尋ねる龍に、研二は襟首をぎゅっと掴んだ。その左手首には、龍の帯飾りとお揃いの木製の珠を通した組紐が結われている。
「陣平ちゃん、もうしっぽで洗ってくれないの!?」
 眉尻を下げ、うるると目を潤ませて研二は嘆く。
 おはなは「あー……」と苦笑する。
 龍は嫁いできてから、水浴びをする度、研二をその身で洗っていた。井戸の水をたらいに汲んで、その中に研二を座らせ、桶にしっぽを入れて濡れさせてから研二の腕、胴に巻き付かせてこするのだ。脚は立たせてからこすりあげる。その際研二が角を愛でるのがお約束らしく、龍はとても幸せそうに笑うので、たまに見かける度おはなは密かに羨ましいと思っていた。おはなの中の夫婦像と、研二と龍はなかなか結びつかない。人間と龍だし、男と女の組み合わせでもない。研二は「妻です」と龍を紹介するし、龍もお萩の家の者も頷くのだが、龍は「俺は男だ」と相反することを舌の根も乾かぬうちに宣うので、正味、龍の性別について村人はなあなあに扱っていた。そんな研二と龍でも、龍が微笑むと研二も微笑むし、研二が幸せそうなら龍も幸せそうな光景を見ると、これが夫婦なのかなと、胸がきゅうとなるのだ。
 ちなみに昔は研二は川でよく水遊び及び水浴びをしたものだが、龍が嫁いできてからはお萩の家の裏でしか水浴びをしなくなった。川で水遊びをするときもすっぽんぽんにはならず、必ず下穿きを着用したままとなった。年長者の男子は「強い嫁さんもらったからって偉そうに」と舌を出していたが、おはなは何となく違う理由がありそうだと思っている。
「俺陣平ちゃんのしっぽ大好きなのに、もうごしごししてくれないの!? 何で!? 俺おっきくなっちゃったから!?」
 研ちゃん、龍神様困ってるよ。
 助け舟を出そうかとあとちょっとまで言葉が喉元まで出かかったとき、龍が「研二」と首を傾げた。
「そんなに糸瓜嫌か?」
「しっぽで洗ってくれなくなるのが嫌! 糸瓜使うって、俺ひとりで洗えってことでしょ」
「そんなことねぇ。俺は研二の妻だ、研二が大きくなってもずっと洗う」
「本当? ずっとしっぽで洗ってくれる?」
「おぅ。研二、今でも俺のしっぽ好きだろ?」
「ずっと大好き」
「ふふ」
 すり、と研二に頬擦りをする。研二も慣れた動作で頬擦りを返し、すりすりぐりぐり、こめかみや角、耳元でふたりは肌を擦り合わせた。しっぽもゆらゆらとご機嫌に揺れる。「研二は愛いなぁ」と龍は笑う。
「じゃあ、研二のことは俺がしっぽで洗う。糸瓜は家族に使ってもらおう。それでいいか?」
「うん。あ、俺が陣平ちゃんのしっぽ、糸瓜で洗ってあげる!」
「ああ、それもいいな」
 仲睦まじくまた散歩に出た龍と研二をおはなは見送った。
 今日も暑くなりそうだ。起きてきた曾祖父の源八に、確約してもらった糸瓜の卸先を一件伝え、水撒きを再開した。

   * * *

 秋になった。まだ暑い日が続くが、おはぎの時期だ。つまり研二のもとに龍が嫁いできた季節である。
 龍が嫁入りして一年が経ったお祝いに、収穫祭も兼ねた大きな祭りが三日かけて開かれ、人々は大いに浮かれた。龍が嫁いできたときも大変な騒ぎだったが、今年は龍の性格もわかってきたので、手探り状態なのは変わらないが、昨年に比べれば落ち着いて宴会も進められた。適齢期及び研二と同じ年頃の娘を侍らせようとする者もいたが、龍は研二にしか興味を示さないので、あわよくばを狙う人間はぐんと減った。多分今年諦めなかった人間はまた来年も挑戦するだろうが、同時に娘も年を重ねるためそのうち諦めざるを得ないだろう。
 源八率いるおはなの家は、約束通り糸瓜を奉納した。お萩の家はたくさんのおはぎと、研二の父親が作った木製のお守りを返してくれた。そもそもお萩の家は分家であり、本家から借りた畑を耕す傍ら木工細工を作る小さな家だ。龍が嫁いできたから奉納という言葉を使ったが、夏に龍が欲しがったから糸瓜を渡しただけで、野菜のやりとりなら今までもやってきていたし、多分これからも変わらないだろう。
「源八おっきくなったな」
「そう言ってくださるのは龍神様だけですよ」
 奉納時の曾祖父と龍のやりとりを思い出しながら、おはなは母と川に向かう。今日は祭りに使った様々な汚れ物を井戸水で洗っており、畑仕事に使う水は賄えない、ちょっと遠いが川に行ったほうが速いとおはなの母は判断し、川の水を利用する予定だった。ついでに洗濯もしてしまおうと、おはなは両手に服を入れたたらいを抱えている。
 曾祖父の源八は大昔一度だけ龍にあったことがあるという。村の誰も信じてくれなかったが、嫁入りしにきた際に飄々として龍が証言したため、それを機にちょっとした長寿の爺として一目置かれることになった。お萩の家の者をはじめ、村人は龍絡みで困ったことがあると、相談という形で源八にぼやきに来ることが多くなった。一度会ったことのあるだけの龍の生態など何も知らないし、冬の間に村に住み着いた医療の先生のほうが生物には詳しいようだが、長生きはするもんだと源八は嬉しがっていた。そんな曾祖父が育て始めた糸瓜を、龍が気に入ってくれるといいなとおはなは小さく願っている。
 遠目に先客がいるのを捉えた。
「陣平ちゃん、三日間お疲れ様」
 川の水音に紛れて声が聞こえる。研二だ。龍のことを「陣平ちゃん」と呼ぶのは研二だけの特権だ。
 ザブンと大きな水音が立ち、きゃっきゃと楽しそうな声がして、早歩きで現場に向かう。
「こら! 龍になるならもっと遠くでなれ! 洗い直しじゃないか!」
 澄んだ女性の声は、村一番の別嬪の研二の姉、千速のものではないだろうか。
 思った通り、龍と研二が水浴びをしていた。ただしいつもの人の姿ではなく、本性の龍の姿である。長い胴体は川に全部入り切らず、入れる分だけ川に浸けている。その背に生えたとげとげ、先生曰く皮骨板を見慣れた物で研二がこすっていて、おはなは嬉しくなり駆け寄った。
「おはようございます、龍神様、研ちゃん!」
「おはよう、おはなちゃん」
 爽やかな笑顔で研二は朝の挨拶を返した。着物の裾をたくしあげ、ごしごしと龍のしっぽを糸瓜の広い面で一方に沿って洗っている。鈍い黄金色の皮骨板と皮骨板の間は、濡らした手拭いを通してこする。そしてまた糸瓜を湿らせると、皮骨板を洗う。水流もあってわかりづらいが、近くで見ると垢らしきものが細かく剥がれていくのがわかった。遠くの岸辺で龍の頭が揺れて、ごりごり地面にこすりつける。まるで背中を撫でると脛に頭をぶつけてくる猫のようだ。「おはよう」ともごもご、おはなと追いかけてきたおはなの母に挨拶をし、またうっとりと龍は身から力を抜いた。
 キラキラとした鱗は、魚なのか蛇なのか、どっちの生き物の鱗に近いのかおはなにはわからない。背に生えた鈍く黄金色に光る皮骨板は「蜥蜴に近いかな」と先生は言っていたが、研二に水浴びでこすられて嬉しそうなのはどの生き物に分類されるものではなく、龍でしかないと最終的にいきつく。
「うちの嫁が川を占拠してすみません。こっちは気にせず上流で洗ってくださいな」
「朝からすまんな、騒がしくて」
 近くには研二の母と姉の千速がおり、洗濯物を洗っていた。龍によって川は水がほぼ堰き止められて、流れる一部分だけが勢いを増している。そのうち壁となっている胴体も川の水は越えるだろうが、不安定な下流より上流で洗ったほうが効率はいい。
「いえいえ。お祭りのときもずっと研二君お膝の上でしたけど、本当に仲が良いですね」
「まったくな。一応さっきまで人の姿だったんだが、糸瓜が気持ちよかったらしく、もっとやってほしいってこのザマだ」
「まあ」
 千速の言葉に、照れくさそうにおはなの母が笑った。
 川辺には龍がいつも着ている着物や黒足袋、帯に三連の珠が軽く畳まれて放ってある。どういう原理なのか、人型で龍になると着物は破れず姿を消し、人型をとると着物も着た状態で元に戻る。つまりここに着物があるということは、水浴びをするために脱いだということになる。奉納した糸瓜の使い勝手を試すためにわざわざ脱いでくれたのか、と都合よく考えておはなはひとり嬉しくなった。
「龍神様、気持ちいいの?」
「うん。こんな洗い心地初めてだって!」
 地に伏せた龍のひんやりとした鱗にふれて尋ねると、研二はおはなに糸瓜を差し出してぎゅっぎゅと握って見せた。
「今まで手拭いや俺の手でしか洗ったことなくて、それも気持ちよかったんだけど、皮骨板には刺激弱かったみたい。あとはごりごり岩にこすり付けるぐらいだったって言ってたよ。ここまで気持ちいいの初めてだって! 陣平ちゃんが喜んでくれて俺も嬉しい、おはなちゃんと源八じいちゃんのおかげ! どうもありがとう!」
 うっすら目を開けて頭を上げ、龍も研二に呼応した。おはなはこそばゆい思いで「どういたしまして」と返し、もじもじと「私も洗っていい?」と問いかけた。
「これ、おはな! 畏れ多いよ!」
「えー、ダメかなぁ」
「どう、陣平ちゃん」
 研二はひとりで物事を決めない。龍が絡むことは、必ず龍の意思を聞いて尊重した。
 一拍置いて、龍は研二をしっぽで掴むと川から引き上げてごろりと半身を捻った。洗いたいと言ったおはなに背を向ける、つまり皮骨板を差し出す形である。その意味を理解したおはなはきゃあと喜んだ。向かいの白い腹部側に降ろされた研二がぴょこぴょこ跳ねて糸瓜を渡そうとするが、あいにく龍の胴体は太い。高さは凡そ研二の背丈程あるのだ。研二とおはな、両者背伸びしてめいっぱい手を伸ばしても手が届かない。それを見た千速が手を貸そうと立ち上がるが、そもそもそれを受け取ると研二の分がなくなってしまう。「いくよー!」という声が聞こえ、恐らく投げてこちらに渡そうとしていると勘づいたおはなは慌てて「待って!」と声を張り上げた。
「私、うちの糸瓜取ってくる!」
「え、そう? ごめんね、おはなちゃん」
「ううん! 研ちゃんは龍神様洗っててあげて! あ、ねえ、おさきちゃんたちにも声かけてもいい?」
 おさきちゃんというのは、おはなと仲のいい、かつ龍のことをあまり怖がらない少女のことだ。
「いい? 陣平ちゃん」
「……誰でもいいから早くやれ」
「ありがとうございます!」
 ゆらゆら髭をたゆらせる龍におはなはお礼を告げ、「すぐ持ってくるからー!」と駆けていく。
「研二」
 龍はゆっくり頭部を持ち上げる。黒い鬣が風に揺れ、角が日に煌めく。何をしたいのかがわかって、嬉しそうに龍の口元に研二は近寄った。くんと口先を研二の首元にくっつけ、顎を上げさせる。喉元を大きな舌先で舐める龍に、研二は不思議そうに両手で唇を撫でた。
「あれ? 噛まないの?」
「かぷかぷすると夢中になっちまう。それに研二がごしごしできねぇだろ?」
「確かに俺はひとりしかいないもんな、かぷかぷされながらごしごしは無理だね」
「……研二、嫉妬してる?」
 唇を撫でる手から敏感に匂いを感じ取った龍が、ペロリと掌を舐めた。
「……何に?」
「妻の身体を他人に洗わせるのは嫌か?」
「そう聞かれるとすっごく嫌」
 渋い顔になった研二に、龍がおかしそうに目を細めた。
「皮骨板、気持ちよかった。糸瓜のおかげだ。だからおはなに洗わせてもいいと思った。おはなが楽しいなら、おさきも呼んでいいと思った。でも研二が嫌がることはしたくねぇ」
「……よし、線引きしよう。洗ってもらうのは背中だけ。あとはダメ。陣平ちゃんの夫として譲らないぞ」
「ん、わかった」
 クルルと喉を鳴らした龍に、研二は微笑んだ。そしてすぐ、頬を舐める舌を撫でてそっと問いかける。
「甘噛み我慢してつらくない?」
「へいき」
 龍の最上の愛情表現は甘噛みだ。しかし途方もない時間を我慢し続けた過去がある。甘噛みを怖がらないしむしろ好いている研二としては、皮骨板の水浴びのためとはいえ我慢してほしくない一面もあった。かといって一回位噛んでと言えないのは、甘噛みを始めるとしばらくはそれに夢中になり、他のことができなくなるのを知っているからだ。よって早く皮骨板を洗い終わろうとその場から離れる決意をした研二だが、キラリと光る角が目に入った。龍は角を撫でられるのも好きだったことに思い至る。
「角、撫でていい? 糸瓜でこしこし」
「角は手がいい。……子どもらが来たら羨ましがるから、それまで」
「わかった」
 角は研二にしかさわらせない。それも夫婦の決め事だった。
 ゆったり片側の頬を地につけた龍の角の位置に回って、両手で撫でる。龍がまたうっとり目を閉じる。
 角自体に神経はあまり通っていないらしいが、研二に愛でられるようになってから気持ちよさを覚えるようになったという。特に二股になっている部分と根元がお気に入りだ。鬣も梳きながら、自らの手で龍の気持ち良さを引き出せることに研二は胸を高鳴らせ、龍は心地良さに身を委ねて好きにさせている。ちなみに角は千年に一度は生え変わるらしく、自分が生きているうちは生え変わりの時期が来ないよう祈っている研二である。でも生え始めの角も可愛いかも、ととにかく龍にべた惚れの研二はどうに転んでも龍を好いているのだろう。
 ぱちゃん、ぱちゃんとしっぽが川の中でときどき脈打つ。飛沫がかからない位置に避難してはいるが、「すみませんねぇ、うちの嫁わがままで」と研二の母がおはなの母に苦笑しながら謝り、「いいえ、うちの娘こそわがまま放題で」と笑い返した。大人の目から見ればやはり本性の姿は異形であり、畏怖の対象だ。研二のように踏み込んで愛でるということは到底できない。しかしそれを眺めて見守るということはできるようになっていた。何をしでかすかわからないが、研二に任せておけば万事解決と他人事の側面もあるのが大人の生き方である。
「お待たせー!」
 母親たちが龍の足元で洗濯物を洗い終わる頃、おはながおさき、更に暇している他の子たちを大勢連れてきた。皆、おはなの家の糸瓜を持ち、数人はたらいや桶、手拭いを持参していた。
「龍神様洗っていいの?」
「いつもあそんでくれるのに、おつかれなの?」
「龍神様、夫婦記念日?」
 わいわいがやがや、数十人の子どもたちが群がって龍を取り囲む。忙しい大人たちの手伝いのできない年少の子どもたちは普段から龍の周りで遊んでおり、そういう子は比較的龍に懐いていた。手伝いのできる子たちも今日は面白そうだとこっそり抜けてきたか、許可を取ってやってきたようである。
 千速は子どもたちが川に流されないよう見張りでここに留まることを母に告げ、了承される。
 研二は濡らした糸瓜を持ち、龍の皮骨板の洗い方を手本を見せながら教える。背中だけ洗っていいこと、鱗を逆立ててはいけないこと、角やおなかはさわってはいけないことなど、いつも遊んでいるときの決め事にさっき加えた事項を伝えると、龍洗いが始まった。
「あとで糸瓜水お分けしますね。人の姿の龍神様に塗ってさしあげてください。このお姿だといくらあっても足りませんから」
 洗濯物を抱えたおはなの母が、研二にそっと耳打ちする。美容にいいと女衆が使っているという糸瓜水を龍に、と思うと、研二は非常にわくわくした。龍が綺麗になるのはとても素晴らしいことだ。龍の姿でも、人の姿でも、己の伴侶の肌触りは最高で、それをこの手で感じながらもっと精度を高められると思うと、早く水浴びを終えて塗ってあげなくちゃと、気持ちは夜に飛んでいく。龍を妻として扱ってもらい、村人に何かを勧められるのも嬉しかった。研二は満面の笑みでお礼を言い、居ても立っても居られず、背中側から顔に近づくと、「陣平ちゃん」と龍の鼻先を撫でながら囁いた。
「いっぱい気持ちよくなって、いっぱい綺麗になってね」
「……ん。よろしく頼む」
 青い双眸に研二を写し、上機嫌な夫の様子に龍は頷いた。
 すりすり、ごしごし、あちこちこすられて「クゥ」と悦ぶ龍に子どもたちがはしゃぐ。その様子に龍自身もまたくつくつ笑う。祭り後の疲労を残しつつ生業に従事する大人たちは、遠くに聞こえる子どもたちの声、或いは遠目に川で行われる龍の水浴びに顔を綻ばせる。
「龍神様、気持ちいい?」
 秋の空に、豊かな声が響き渡った。

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プロフィール

HN:
加島
Webサイト:
性別:
女性
自己紹介:
・成人済腐
・萩松/降新・安コ
・ハピエン大好きなメリバ脳
・字をもそもそ書きます
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