http://kashima.kurofuku.com/%E8%90%A9%E6%9D%BE/%E3%80%8E%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%92%E8%A8%BC%E6%98%8E%E3%80%8F『ハートを証明』
2026/1/11インテスパコミの無配です。大変お待たせしました。
DK萩松、ハピエンです。同レボ!(
@Do_revo2021)さんの企画に参加して作っていただいたピンク文字のA5折本です。
(告知ポスト
https://x.com/Do_revo2021/status/1998690408118026245?s=20
告知サイト
https://do-revo.srm.imageworks.jp/do-revo/try-goods-bungo/top)
今後もなくなるまでイベントに持ち込みますのでご縁がありましたらぜひ。
サンデー2026年1号と2・3合併号のつながる表紙が可愛くて可愛くて書きました。少しのネタバレも踏みたくない方は調べてからお進みください。
なお、弊萩松における松田の初恋相手は千速ではなく研二です。一途な松田可愛いね。
証明写真を撮りたいのだと食材を買いに来たスーパーの前で萩原が言う。
「ふぅん?」
「あれ、興味ない感じ?」
「アルバイト候補先決めたんだなーとは思うけどそれ以上は別に……」
萩原の実家の工場が倒産し、萩原を取り巻く環境はバタバタと変化した。両親から二号店の閉鎖の決定を打ち明けられてから、萩原は自主的に部活を退部した。本店が立ち行かなくなるのを見越していたわけではないが、あっという間に本店も畳むことになり、新しく生活基盤を整えるため奔走し続ける両親に代わり、千速と家事を分担した。焦り顔で料理の本を買おうとする萩原に待ったをかけたのは松田で、家庭科の教科書に載った基本的な食事を食材選びから教え込んだ。調理実習で経験したことのある料理をマスターしてからは、おかずの素を買って日々のリソースを減らすことを優先させる。その際の出費は必要経費だからケチケチしない。日々の家事に慣れて、ようやく初心者向けの料理の本に移っても、本屋で買うことはせず、図書館の自習室でノートに書き写しながらレシピを覚えさせた。父親の事件で祖父母宅に預けられ、実家に戻ってからも家のことを一通りこなす松田のアドバイスは、萩原家の生活レベルに合わせたもので大変的確だったらしく、萩原一家にひどく感謝されたものだ。
スーパーの出入口に設置された証明写真機に近づき、財布を取り出す萩原の様子を窺う。実家が倒産したのでアルバイトを始めます、という状況にしては萩原の顔は切羽詰まっていない。家のことが何とか回り出して、自由になる金銭が欲しくなる程度には落ち着いたと見える。いい傾向だなと、松田は萩原の鞄を持ってあげながら穏やかに見守った。
証明写真機の重いカーテンを開け、萩原はそわそわと丸い回転椅子に座る。壁に貼られた手順を読んでいるのを確認し、松田はカーテンを閉じようとした。
「……あっ、陣平ちゃん!」
くるりと椅子を回転させた萩原が制止する。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「小銭足りないのか? 買い物して崩せ」
「左手で『C』作って!」
は? とクエスチョンマークを浮かべる松田に、萩原は自らの右手を丸めてアルファベットの『C』を作ってみせる。
「『C』……?」
萩原に倣って『C』になるよう、左手の指を丸める。意味がわからない。証明写真機にそんな手順が載っているのだろうか。『お連れ様は左手を丸めてお待ちください』って?
「そうそう! で、親指は伸ばして!」
「はあ……?」
「じゃあ撮ってくる!」
手はそのままね! とウインクひとつ飛ばして萩原はカーテンを閉じた。何ひとつわからないまま取り残された松田は、ぽつんと証明写真機の前で立ちすくむ。仕方ないのでボックスの壁に寄りかかって、萩原の撮影が終わるまで待つことにする。中では撮影が始まったらしく、機械の女性の声が手順を告げている。松田は、四指を隙間なくくっつけて丸め、親指だけ伸ばした左手をしげしげと眺める。いつまでこうしていればいいのか。学校帰りの夕方、スーパーの出入口付近で変なポーズをしている学ランの男子高校生がいても、チラ見しただけですぐ店内へ入っていく客しかいないのは幸いであった。
三、二、一、パシャッ。
カウントダウンののち、足元からフラッシュが漏れる。
「あっれー? うーん? 何これぇ?」
何やら中で萩原が唸っている。出来が悪かったのだろうか。あと一回チャンスはあるぞと声を掛けようとすると、「陣平ちゃん!」と勢いよくカーテンが開いた。
「な、なんだ」
「ちょっと来て!」
有無を言わさぬ力強さで右手を引っ張られ、松田は狭い撮影空間に踏み入った。鞄が地面にふたつ転がった。
「『C』の左手貸して!」
「は? 手? 今?」
回転椅子に座らされ、『C』の手を取られて、萩原の右手の逆『C』と合体される。親指の腹がぴったり合って、人差し指と中指の外側同士がくっつく形だ。
「ほら見て、ここー!」
文句を言おうとするも、くっつけた両人の手の間から左手でどこぞを指差すので、言われるままに凝視する。何事か理解が追いつかぬ松田の意識を萩原は悠々と掌の上で転がしていた。
三、二、一。
「ちょ」
パシャッ!
二度目の撮影が始まっていることに気づいたころにはもう遅く、フラッシュが焚かれていた。
「お疲れ様、あんがとね!」
「……説明しろや……」
にっこにこの笑みを浮かべて操作をする萩原の頬を抓り、ふたりして狭いボックスから出る。
「だってぇ、陣平ちゃん、俺のメンタルやばいときしかくっついてくれないし、寂しい思いさせちゃったなぁって反省してぇ……」
「はあ?」
「嘘ですイヤ半分本当だけど、俺が寂しかったんです」
項垂れる大型犬の如くしょんぼりする萩原を見上げながら松田は眉を顰める。
「俺がいつ寂しがったって……?」
「……工場潰れちゃってさ、メンタルぐちゃぐちゃで、家事に追われて忙しかったし、全然デートしてねえじゃん。金もないし」
「いや……デートどころじゃないのは誰が見てもそうだろうよ……」
「父さんも母さんも忙しくて家の回し方教える余裕ないとき、陣平ちゃん料理とか家計簿の付け方とか、いろいろ教えてくれたろ。姉ちゃんは大学で忙しいし。今日だって買い出し付き合ってくれて。だから俺デートしてなくても割と満たされてたんだけど、陣平ちゃんはそうじゃないよなって」
カタン、と軽い音が立つ。ありがとうございましたと機械がお礼を言った。
「で? ハート作って恋人っぽいことしようって?」
印刷が終わった写真を取り出しながら松田は苦笑する。ふたりでハートを作っている、驚く松田と笑う萩原が何枚も並んでいた。
言ってくれれば笑顔も作ったし、プリクラを撮りたいなら数百円ぐらい奢ったのにと松田は思うが、家庭が困窮していると楽しむことに罪悪感を覚えるものだし、友達と遊ぶのも気が引けて、娯楽施設なんて以ての外だというのは身をもって知っていたため、あえて言及はしなかった。
「やりたいことがあるなら初めから言えよ」
しおしおとしょげている萩原を室内に押し込み、座らせて、断りなく乗り上げる。いらっしゃいませと呑気な機械に歓迎される。ほあ、と間抜けな声を上げる萩原の右手を取って、手首の内側にキスをした。
「ふざけてるとか馬鹿馬鹿しいとか俺が怒るとでも?」
唇で萩原の脈を感じる。トクトクトクトク、密室での接触にこんなに興奮してくれるとは恋人冥利に尽きる。流し目を送り、掌に擦り寄る。
「俺は一緒に料理してて、ラブラブ新婚生活みてえだなって幸せ感じてたんだけどなぁ?」
「えっ」
持っていた写真の裏側にチュッと唇を押し付けて、真っ赤になっている持ち主に返した。
「バイト用の写真の金なら出すから、替わりにハートのこれ、一枚くれ」
「……半額でいいし、一枚と言わずいっぱいあげる! はー……陣平ちゃん、大好き」
「俺も好きだぜ」
おまじないをかけた写真を受け取り、へにゃりと笑う萩原が愛しくて首に手を回す。おねだりを汲み取った萩原は一瞬の躊躇いののちキスをくれた。
「……別れようって言った俺を殴って叱りつけて、そばにいてくれてありがとな」
離れ際、こそこそとお礼を言われてくすぐったくて肩を震わせる。そんなこともあったなと指で長めの髪を遊ばせた。切る予定のなさそうな長髪で受かるバイトがあればいいが。高い顔面偏差値と高いコミュ力でなんとかなるだろうか。アルバイトが始まると生活のスケジュールも変わるだろうが、そのうち慣れるだろう。金ができればちょっとした買い食いデートも再開できる。ふふと笑って松田は膝から退いた。
「ガキの頃そばにいてくれた恩は返し終わってねえし、恋人特権のくっつき期間もまだまだ続いてっから覚悟しとけ。ほら、さっさと撮れ、醤油買うんだろ」
騒がしくボックスから出た松田を買い物帰りのマダムが目を丸くして見てきたが、萩原の真似をして会釈でやり過ごす。千円札を一枚、放っていた鞄の財布から取り出し、萩原に渡してカーテンを閉めた。
気持ちも可視化されて撮影されればいいのに。そんな証明写真があったら記念日毎に撮影して、のんびりデートするんだろうなと、撮影開始のアナウンスを聞きながら松田は鞄の埃を払う。
今日は醤油の特売日。おひとり様二点までなので気張っていこう。
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