http://kashima.kurofuku.com/%E9%99%8D%E6%96%B0/%E3%81%8A%E3%81%B5%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%81%95%E3%81%BE%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3『おふたりさまシュトーレン』
降新。
同棲してます。
「新一君!」
「おっ、零さん久し振り」
「君ね……」
別に息を切らしているわけではない。デスクワーカーになったとはいえ体力おばけな零さんはエレベーターを使わなくても建物二桁位余裕で降りてこられるだろう。
俺の肩に両手を置き、はーっとわざとらしく溜め息を吐いた。その左薬指にリングが嵌っているのがこそばゆい。
「会えなくても大丈夫なように作ったんだよ?」
「だから大丈夫だったろ?」
「会いたくなりました!」
「ははっ」
はいこれ今日の分、とラップに包んだ上でプラ容器に入れてある、一センチ幅に切ったシュトーレンを手渡した。十一月下旬に零さんと作り、十二月に入ってから毎日大学の講義前に警察庁に寄って、風見さん伝手に渡していたのだが、今日ようやくご本人様に手渡すことができた。零さんは複雑そうな顔でシュトーレンを見ている。
『新一君は柑橘系好きみたいだから、レモンピールとオレンジピール。はいどうぞ』
『少しずつ?』
『ドバッと入れていいよ』
『ドバッと!』
『ありがとう、助かったよ。レーズンは入れてないから安心してね、苦手なんだよね』
『……言ったっけ』
『いや。安室の目で多少見てたかな』
零さんは隠しはしても否定しない。安室透を名乗っていたカフェ店員のときに、コナンと名乗っていた俺の味の好みを観察していたと宣ってしまうのだ。ちなみに柑橘系が好きだというのも多分話したことはない。ベッドの上の寝物語で、バーボンというコードネームで呼ばれていたときのこともときどき話す。これから役立てる機会のない話題を選んでいるのはわかっているが、きっと相手が俺だからという点も大きいのが純粋に嬉しかった。まあベルモットが山葵が苦手らしいという情報をもらっても、だからどうしたといったところだし。
「何で毎日一切れずつ届けるかなぁ?」
「んー? たっぷりブランデーに漬け込まれたフルーツがうまかったから。確かに日を追う毎にだんだん味が馴染んでくるのな。この変化を零さんにも感じてほしくて」
「本当に?」
「ホントホント」
「……僕の作ったものを新一君が毎日食べてるだけで僕は幸せなんだけどな」
受け取ったシュトーレンを見てから俺に苦笑を向ける零さんに、俺はにっこり笑ってやる。
「なぁ、バーボンに合うドライフルーツ教えてよ。買っておくから」
あいにく俺は多忙な婚約者のためにケーキを作って差し入れる程、人間できちゃいないのだ。寂しいのだと言外に伝えて、早く会いたいと駄々をこねるただのお子様だ。
「帰ってきたら、一緒に作ろうぜ」
クリスマスに向けて毎日少しずつひとりで食べるシュトーレンはおいしかったが、作ったときの記憶が想起されてなかなか胸がしくしく泣いた。おいしかったから差し入れするに留めたが、おいしくなかったら許さなかった。
そんな俺のわがままを汲み取った零さんが、物陰とはいえ警察庁で俺の耳ごと頭を包み、ほんの軽くキスをした。
「クランベリーがおすすめ」
「了解」
唇の離れ際、囁きの調べの甘いこと。掌に頬を擦り寄せてそっと離れ、零さんとお揃いのリングを見せつけるように左手を振る。同じくリングの光る左手を振り、右手にシュトーレンを持つ零さんに見送られて上機嫌で大学に向かう。
ひとり分だったのにふたりで食べてクリスマスより早く終わりそうなシュトーレン。早く作らないとクリスマスまで間があいてしまうと思っていたが、何となく今夜にでも零さんは猛ダッシュでふたりで住む家に帰ってくる気がするから、クランベリーは今日中に買っておく。
PR